ある伯爵令嬢の恋占い
またたびやま銀猫
第1話
私はどきどきしながら馬車を降りた。
目の前には古ぼけた石造りの建物。入り口からはたくさんの男女が並び、最後尾を案内する係員までいる。
ここは町一番の占い師がいる館で、だから多くの人々が訪れているのだ。
私は友達のコネで特別に予約ができたから、列を素通りして受付に行く。
「予約のクロエ・ランバートです」
「クロエ・ランバート伯爵令嬢。お待ちしておりました」
受付の男性は慇懃にお辞儀をした。
その後、料金は前払いで返金不可と説明を受けて代金を払い、奥の部屋へ案内される。
カーテンで仕切られた部屋の中に入ると、面布をつけたエキゾチックな衣装の中年女性が水晶玉を前に座っていた。
「どうぞおかけください」
彼女の正面に座ると、水晶玉に歪んだ自分が映った。
「どのようなご相談ですか?」
「えっと、好きな人がいるんですけど、その人には好きな人がいるっていう噂で……誰なのか知りたくて」
「思い人の名前は」
「アレックス・エバン様です」
「では占ってみましょう」
彼女は水晶玉に手をかざす。
私はどきどきしながら待った。
アレックス様は伯爵で、家格はつりあっているから結婚だってできるかもしれない。
この前の夜会でお会いして、私はすっかり虜になってしまった。
お美しい外見もさることながら所作が優雅で優しい微笑がこの上なくすばらしい。ダンスを申し込まれて踊るひとときは夢のようにうっとりした。
やがて占い師はかっと目を見開いて水晶玉を見つめ、それから重々しく顔を上げた。
「この結果はお伝え出来ません」
「なぜですか!?」
「運命が近付いています。遠からずあなたは知ることになるでしょう」
占い師は厳かにそう告げた。
「どういうことですか?」
さらにたずねるが、占い師は静かに首をふる。
私は絶望した。
だって、きっとよくない結果——失恋だから言えないのよね。
こんな結果でお金は戻ってこないんだよね。どんな結果であっても返金はしませんって受付で言われたし。
私はすっかり意気消沈し、うなだれてカーテンをくぐった。直後。
どん!
ぶつかって、私は後ろにひっくり返った。
「いたた……」
ちゃんと前を見ていなかったからだ。失敗した。こんな無様にひっくり返って、カッコ悪いったらない。
「すみません、大丈夫ですか!?」
差し出された手を見たあと、その手の持ち主を見て私は驚いた。
アレックス様! どうしてここに!?
私はおずおずとその手を握り、彼に立たせてもらう。
ああ、なんて情けない。もっとかわいい転び方ができたら良かったのに。ほんと、今日はさんざんだ。
「申し訳ございません。お詫びをしたいのでお名前を伺えますか」
彼がすまなさそうに私に尋ねる。
「クロエ・ランバートと申します」
私は名乗った。
失恋確定とはいえ、ひとときでも覚えていてもらいたくて。
「クロエ嬢。今日は時間がありませんゆえ、また後日」
アレックス様は私を出口までエスコートしてくださった。
優雅なお辞儀とともに別れの挨拶をして彼は中へ戻っていく。
ああ、なんという紳士。
うっとりと後ろ姿を見送り、歩き出そうとした私は、はっと気が付いた。
バッグの口が開いていて、お財布がなくなっている。ぶつかったときに落としたんだ。
私は受付の人に言って、一緒に通路の奥に探しに行く。
と、すぐに財布は見つかった。
よかった、とほっとしたときだった。
「……では、クロエ嬢との相性は」
アレックス様の声が聞こえて来て、私はびくっとした。
そうだ、あの方がいらっしゃるということは占いをしてもらいに来たというわけで。
「相性は良いようですよ」
「ではクロエ嬢にお付き合いを申し込んだら承諾をいただけるということですね?」
「色よい返事をいただけることでしょう」
「良かった……クロエ嬢とぶつかるなど、ご気分を害してしまったかと心配でした」
聞くともなく聞いてしまい、私は硬直した。
ちょんちょんと肩をつつかれ、我に返る。と、受付の人が外へ出ろ、とジェスチャーで伝えてきた。
私は慌てて外に出た。
けど……。
私は振り返る。
アレックス様が、私とのおつきあいを? 本当に?
占い師の言葉が蘇る。
『運命が近付いています。遠からずあなたは知ることになるでしょう』
遠からずって、遠からずすぎない?
私は待っていた馬車に乗り込み、帰路についた。
彼が手紙をくれたら、どんな便せんで返事を出そうかな。
***
占い師はアレックスが帰ったあと、にんまりと笑った。
彼は先週も来ていて、恋占いをして帰った。
彼の恋する令嬢が占いの館に来たがっているのを知っていた。だから彼女の友人が来たときに特別に予約をさせてあげるから指定の時間に来るようにと伝えてもらったのだ。
そうしてアレックスにも同じ時間に来させた。
令嬢にわざとぶつかってお詫びを申し出る様にと伝えたら、うまく演じたようだ。
令嬢本人から彼への好意を聞いたのだから、相性を聞かれたら「いいですよ」と言っておけばいい。
占い師のところには多くの人が来て情報を落としていく。
それを使って占いの結果のように伝えて「当たる」と評判の占い師になった。
人が来れば来るほど情報の精度は上がって『占い』の精度は上がる。
「人の悩みが飯のタネ……みなさん、たくさん悩んでね!」
占い師はふふっと笑みを零した。
終
ある伯爵令嬢の恋占い またたびやま銀猫 @matatabiyama-ginneko
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