第二話
私は恵まれていると思う。
父は役場の公務員で母はパートに入っていて、私含め子供二人を養えるほどの収入がある。バイトの金も自分のものにしていいし、勝手に使ってもいい。親子仲はまあまあで、成績さえ下がらなければ放任してくれている。
客観的に見て恵まれている。
それに、私には他人が持っていない力があった。
物に触れなくてもそれを動かすことができる念動力。遮蔽物に関わらず視界を遠くまで通す千里眼。物や自分を別の場所に移す瞬間移動。その他いくつか。子供ながらにこれは人には喋ってはいけないことだと思ったし、制御できなければ危険だとも思った。その後は、自分なりに色々と訓練をして完璧に扱えるようにもなった。
でも、結局のところそんな力は普通に生きていくうえでは不必要で、かなりの努力はしたけど結局人生は何も進んでいなかった。そう思った時から、超能力も含めて人生すべてにおいて自分はずっと立ち止まっているんじゃないかと、停滞感と閉塞感をずっと心の底に感じるようになってしまった。
「よっと」
自分の部屋から千里眼を使って上沢の誰もいない路地を探して、そこに瞬間移動をする。確かにこの力は便利だけど、誰の眼にも留まらないように使おうとするとかなり手間がかかる。上沢界隈には路地が多く誰の眼にも届かない場所が多くあって、監視カメラも店先と中にある物ばかりで通りにはまばらだから割と気軽に使えるけれど。
この力は誰にもバレてはいけない。改めて確認のためにあたりを見回すと、ネズミがこちらを見ていた。
「何見てんだよ」
「チュー」
さしもの私でもネズミと会話はできない。鳴き声を上げて物陰に消えていくネズミを見送ってから路地から出る。そこはいつもの上沢界隈で、若い男女でごった返していた。皆思い思いのファッションに身を包んで、各々好きな遊びに興じるこの辺りは好きだ。
それがたとえ現実逃避な気が薄々としていても。
さて今日は何をしようか、そんなことを考えながら上沢の通りを歩く。適当に知り合いを見つけて遊びに行くか、素直に誰かに連絡をして集まりがあったらそこに混ぜてもらうか、バ先に顔を出して世間話をしてもいい。
そんなことを考えながら知ってる顔を探していると、多くの人が紙袋を持っていることに気が付く。そういえば、今日は駅前広場で古着のセールをやっているんだった。
なら、そっちに行って、何か買ってもいいか。
つま先を駅へと向けて歩き始める。
しばらく歩いて、今日は知っている顔を会わない日だなと思っていると――
「やめてください!」
――そんな、平和な街に似つかわしくない声が響く。女の声だとそちらの方を向けば、背の高く、モデルのような人が男に腕をつかまれていた。男二人と女一人、周りの人々はそれを遠巻きに眺めるだけで、助けようとはしていない。
私だって面倒ごとに巻き込まれるのは嫌なので、さっさと立ち去ろうと考えていると、女がチラッと変な方向を見た。気になったのでそちらを千里眼で見てみれば、そこには明らかに堅気じゃない雰囲気の男がいて、剣呑な表情で騒ぎの方へと歩いているのが見えた。
助けない方がもっと変な騒ぎになって面倒くさそうだ。
早足にならないぎりぎりの大股でそちらに向かって、声をかける。
「おい。嫌がってんだろ」
「ん?お前にはカンケーねえだろ」
腕をつかんでいない方の男がこちらを睨みつけてくる。この男どもの面倒くささにため息が出そうだ。周りが見えていないのだろうか、そのうちにスマホで映像でも取られて彼らも面白くないことになるだろうに。
「放してやれよ」
「痛いからとりあえず放してください」
腕をつかまれている女も男を睨んで、落ち着いた声をあげる。美人が睨むと中々に迫力がある。腕をつかんでいる男もそう思ったのか、手に入っていた力が明らかに緩くなった。
「放して」
女の語気が強くなる。男は手を放さず、ちらちらと私の目の前にいる男のことを見ていた。腕を掴んでる方が子分か。
そうこうしているうちに、この女のお守り役かなんかが人ごみをかき分けているのが千里眼なしでも確認できてしまった。
こうなりゃ、さっさと終わらせるに限る。本当にため息が出る。そして息を吸って、こぶしを握った。
「放してやれってんだ!」
そう言いながら未だにこちらにメンチを切っている男の顔に向かってこぶしを振りぬく。硬い感触をこぶしに感じて、周りの人間が息をのむのが分かった。
「ぶべぇっ」
「兄やん!」
「お前ももうどっかに行きやがれ!」
殴られてたたらを踏んだ兄やんとやらに駆け寄ろうとした、女の腕をつかんでいた方の男の足の甲をかかとで踏み抜き、そいつを至近距離で睨みつける。
「痛いっ!」
「さっさとどっかに行け。わかったな?ほら、行くぞ」
足を踏まれておびえる子分と、いまだに目を白黒とさせている兄やんとかいう男を手であしらって、女の腕をつかんで引っ張る。堅気じゃなさそうな男の方を見ると、眉にしわが寄っていたがこれ以上は場に首を突っ込まないようで、つかず離れずの距離にいた。
「ありがとうございます」
「いい」
駅前方面へとひとまず歩いていると、女にお礼を言われてそちらの方を見る。私も相当背が高い方なのに、彼女は視線の高さが少し上にあるようだった。なら、180近いんじゃないか?
じろじろ相手のことを見るのも失礼なので視線をそらし、一度振り返って男どもが痛む場所をかばいながら立ち去っていくのを確認する。それから前を向き、千里眼で彼女のことを盗み見る。
わずかにたれ目でやさし気な目の形をしているが、先ほど睨んでいた時はかなり目つきが鋭かった。一目見た印象は優し気だけど、よく見たら結構賢そうな顔をしている気もする。
「ねえ」
「何?」
「このままこの辺りを案内してくれませんか?」
「……」
面倒くさいことになった。
「あ、ため息」
美人がニコニコとこちらの様子を伺いながらそんなことを言ってくる。明らかに普通じゃない人間の面倒なんて見たくはない。とはいえ、さっきみたいに何かあったときに寝ざめが悪いのもまた事実。
「……わかったよ」
「ありがとう」
了承はしたけれど、明らかに堅気じゃない男もいることだしある程度は探らせてもらう。彼女の持ち物を透視していく。最新機種のスマホ、財布。中には万札が何枚も。学生証もあった。名前は吉永夏希。通ってる学校は、私でも知っているイイトコの学校。
さてはこいつお嬢様だな?なら、男は護衛か何かか。
「美味しいご飯を食べられるとうれしいんだけど、それは高望みかな?」
私の気も知らずお嬢様がそんなことを言うが、お嬢様の口に合うものがここにあるかは知らん。まあ、案内するなら私の良く知っている場所になるだろうが、そこの味はまあまあってところだ。
それにしても案内か……、面倒だが、最低限はやってやるか。
「今歩いてるこの通りがメインストリート、駅前広場から北に延びて、もっと先にあるデカい横道とぶつかるまでが大体上沢界隈」
「結構いろいろなお店がありますね」
「まあね。道のこっち側が何かを買う店、こっち側が何か食べれる店が多い」
「なるほど」
右手側と左手側を指さすと、お嬢様は素直にそちらへと顔を向けて頷く。昔誰かに、古着屋と飲食店は基本離れているとか、出せるテナントはそもそもブロックごとに分かれてるとか、そんなことを聞いたことがある気がする。
「それでビルの地下は大体音楽やってるけど、お前みたいなのは行かない方がいい」
「どうして?」
「危ないから」
ついこの間も未成年飲酒とか強姦未遂で警察のガサ入れがあったところだ。麻薬なんかは滅多に見ないが、たまに聞く話ではあるし、基本薄暗いところにはいかない方がいい。
セクハラはまあよくある話だし、お嬢様にはちときつかろう。
「具体的には?」
「暗いところに行くな。地下とか、狭い路地とか、全部」
「はーい」
お嬢様が不満げな表情でしぶしぶと声を上げる。まあ、こういう街にきてライブハウスに行くなは言い過ぎかもしれないが、トラブルを未然に防ぐという意味では間違っていないと思う。何か間違ってこのお嬢様が私の名前を出したら巻き込まれるし、それは嫌だ。
その後も、界隈の端には小劇場があるとか、その近くには居酒屋が多いとか、そういうのも話す。
そんなこんなでしばらく歩いて駅前広場へとたどり着く。もうそろそろ店じまいの時間で、片付けを始めている古着屋も見えた。今日はもう古着の物色は諦めるか。
「駅前広場は大体なんかやってる。駅の掲示板にポスターがあったりするからそれを見ればいい」
「あ、バスケットリング。さっきは気付かなかったな」
「ボールはないぞ」
「ないの?」
「ない」
大体誰かがバスケで遊んでるからそれに混ぜてもらえればボールの確保はできるだろうが、今は古着が広場いっぱいに展開されているから遊んでいる人間はいない。残念だったな。
「駅の南側は住宅街だから面白いものは何もない」
「じゃあ、ここに来る人はみんな北に行くんですか?」
「そうなる」
そう返事をしてから広場から見える看板を指さす。
「チェーン店はこの広場の近くが一番多いかな。カラオケとかはそこだし、一番デカいコンビニもそこ。こんなところかな?」
これで大雑把に界隈の説明も終わったし、帰って欲しいものだ。
このまま帰ってくれない物かとお嬢様を見れば、彼女は楽しそうな笑顔で私のことを見ていた。
「それでは、美味しいご飯のお店にでも連れて行ってくれますか?」
お嬢様の護衛かなにかは知らないけど、じっとこっちを見ている男、助けてくれないかな。
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