第49話
オレは、神を鋭く睨みつけながら、無言で剣を構えた。
血だらけで倒れているヴェルゼリアが苦しげに顔を上げる。
彼女の唇からは血が流れていた。
「レオン様……復活したんですね。良かった。神を……お願いします」
「ああ、ヴェルゼリアが時間を稼いでくれたおかげだ。少し休んでいてくれ。あとはオレがなんとかする」
ヴェルゼリアは力なく微笑んだあと咳込み、鮮血が床を濡らした。そんな彼女をオレは拳を握りしめて見つめる。
「そこの2人は……協力してくれるってことでいいんだよな?」
ヴェルゼリアの後ろにいたエリシア・オリジナルと少女に、オレは問いかけた。
神を敵に回すという、後戻りのできない決断。
その覚悟を確認するために――。
「ええ。そうです。私たちは神と敵対します」
「ヴェルゼリアを頼めるか? それと、向こうにいるエリシアとノワール。彼女たちはしばらく動けない。2人を守ってほしい」
「……わかりました」
エリシア・オリジナルと少女は、ヴェルゼリアを支えながら後方に下がる。
眼の前で大切な人が傷つけられた。
神と戦えば無傷でいられないことはわかっていた。だけど、オレはどこかでうまくいくんじゃないかと楽観視していたのだ。そんな腑抜けた気持ちに、この状況は鋭く突き刺さった。
いつも優雅で、穏やかなヴェルゼリア。誇り高く、優しい彼女が……負傷し、倒れた。
実際にその姿を見ると、こうも自分の感情が抑えられなくなるのか。
――絶対に許さねえ。
怒りが燃え上がり、手が震えるほどの激情がオレを飲み込もうとする。
「レオンっ……!!」
その時、ユリウスの声が響いた。
諌めるような、決して弱くないトーン。
オレは息を呑む。
彼の真剣な眼差しは、オレを見ているわけじゃない。
オレの中の怒りを見ていた。
怒りに身を委ねれば、オレは獣に成り下がる。それでは神を超えられない。
「すまない、ユリウス」
オレはゆっくりと、深く息を吐き出した。
熱くなるだけじゃだめだ。頭を冷やせ。
怒りは力にもなる。だが、それに飲まれたら終わりだ。
「……今度こそ一緒に神を倒そう」
ユリウスは一瞬の沈黙の後、笑みを浮かべた。
「どうやら……大丈夫そうだな」
「それ……聖剣か?」
「ああ、これが真の姿らしい。
ユリウスの持つ剣は黄金の粒子をまといながら静かに輝いていた。
その光は神の威光をも凌駕するかのような気高さを宿している。
……こんな剣はゲームでも見たことがない。
聖剣にはこんな強大な力が眠っていたのか。
「レオンの剣は、もしかして夢の中で使っていた剣か……?」
「ああ。ノワールが全力で強化してくれた、オレにとって最高の剣だ。オレたちの武器なら、神と同じ土俵に立てるはずだ」
ノワールが創造した
覚醒した聖剣である
どちらも神が生み出した武器。もともとの|権限レベルも世界最高峰。
だが、それを超える力となって今、ここにある。
「オレたちは神を討つ」
対する神は、淡々と二人を見下ろしていた。
「くだらん話は終わりか? 我に立ち向かう愚かどもよ」
神の腕が上がると、魔法陣から無数の光の刃が出現する。
「死ぬがいい、
天から降り注ぐ無慈悲な斬撃が、一斉にオレたちへ向かってくる。
それは激しい雨のような攻撃。一切の生を許さぬ裁きの如き光が、次から次へと襲いかかる。刃が床を砕き、破片が空を舞う。逃げ場など、どこにもない。
だが、ユリウスはオレの前に出ると全く臆することもなく
しかし、ユリウスは迫る刃を次々に弾き、一歩も引かない。
「ぐおおおおお!!!!」
「ユリウスっ……!」
ユリウスが何を望んでいるのか察知したオレは、斬撃の雨が降る中に強引に踏み込んだ。
聖なる光の斬撃が肩をかすめる。
――熱い。
だが、そんなものにかまっている状況じゃない。
神へ向かって思いっきり床を蹴る。オレが選択したのは最速の突進技。
「疾風飛燕!!」
蒼い刃が光を裂き、神のガードよりも早く身体を捉えた!
斬撃の余波が地面を抉る。神の身体が揺らいだ。
それでも浅い。神の反応レベルは常軌を逸している。
「な……に……?」
だが神が驚愕に目を見開く。
と、同時に終わりがないと思われた魔法攻撃が止まった。
「貴様……今の力は何だ?」
神は己の腕を見た。傷が――癒えていない。
その手が震えている。血が流れているのだ。
神の血が――!
今の一撃は、明らかに効いている。
この剣ならば――押し切れる。
「バグでも異物でも、なんでもいい……これがオレたちの力だ」
オレは不敵に笑う。
「ふざけるな……! 我は完全なる世界を作る計画の最中なのだ! お前ごときがそれを邪魔するな」
神の声に焦燥が滲む。
「知るかよ! くだらないシナリオに付き合わせんじゃねえ!」
攻撃を防ぎきったユリウスが聖剣を構え直し、言葉を続ける。
「お前の完全なる世界とやらが、私たちの意思を無視するものなら……そんな世界、作らせるわけにはいかない!」
「くだらぬ……!」
ユリウスが大きく踏み込み、剣を振り上げた。
突風が巻き起こり、砂塵が舞い上がる。
「――旋風裂斬!!」
「ぐっ……!!」
斬撃を受けきれず、神がさらに血を流す。
神の瞳が明らかに揺らぐ。決して動じるはずのない存在が、理解の及ばぬ事態に直面した時のような動揺。
「これが……人の、可能性……か……?」
かつて見下していた存在に追い詰められつつあることに、神の表情に初めて焦りが見え始めた。
「……人の可能性? 違うな。オレたちの可能性だ」
「お前たちはの可能性だと? そんなものが、この私を脅かすというのか?」
オレたちの剣は、確実に神を追い詰めていた。
神の額に汗が滲む。
「ありえぬ……貴様らごときが……!」
オレはユリウスに並び、神を睨みつける。
「オレたちは……人は、お前の玩具じゃない」
「そうとも。神が思うより、人は強い」ユリウスも聖剣を構え直す。
神は苦々しく歯を噛みしめた。
「……人は弱い。愚かで、無力で、儚い存在だ」
「だからこそ、オレたちは足掻くんだ」
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