第45話

 ヴェルゼリアは『データの残骸』たちの群れに踏み込み、拳を振り抜く。


「はあぁっ!!」

 

 衝撃波がデータの残骸たちを弾き飛ばし、一時的な突破口を作った。

 

 ノワールはその隙を見逃さず、漆黒の残像を残しながらオリジナルへと跳ぶ。

 瞬時に間合いを詰め、エリシア・オリジナルの喉元へと爪撃を繰り出す。


「フッ……無駄です」


 オリジナルは静かに微笑みながら、宙に指を滑らせる。

 瞬間、彼女の周囲に魔法陣が浮かび上がり、無数の光る刃がノワールへと襲い掛かる!


「っ……!」


 ノワールはすんでのところで回避しながら距離を取るが、攻撃の勢いを削がれた。


「まかせて!」


 エリシアが滑り込むように前へ。ノワールの援護に向かう。

 ――が、そこへオリジナルが冷ややかに告げる。


「領域の影響は魔法だけではありませんよ?」


「――!?」


 エリシアの足元が揺らぎ、突如として床が崩れた。

 彼女は即座に跳躍して回避するが、明らかに地形が操作されている。


「だめっ……、動きが封じられちゃう……!」


 エリシアが歯噛みする。


 だが、その間に――オレはすでに動いていた。


「……!」


 残骸の攻撃をギリギリで回避しながら、棚へ走る。

 そして、狙いを定め――。


「疾風飛燕!」


 スピード特化の突進系剣技。

 オレの体が空気を裂きながら急加速する。


「オラァ――!」


 剣の狙う先は、『干からびた右手』――おそらく、あれがこの領域の媒体。

 ぶっ壊してやる。


 ――だが。

 

 ガギィィン――。


 目の前に突然、光の壁が現れる。

 オレの剣は弾かれ、衝撃で後方へ跳ね飛ばされた。

 

 「……ちっ!」


 ギリギリで着地し、剣を構え直す。

 そのとき。


 ――場の空気が、変わった。


「それを壊されると、少々面倒なのでな……」


 静かな声が響く。


 オレが顔を上げると、光に包まれた存在が壁際に立っていた。


「お前が……神か」


「如何にも」

 

 男は淡々と告げる。

 光を纏っていながら、姿形は人間に近い。 だいたい四十代の男。


 だが、その瞳には一片の感情もなかった。

 まるで、やりたくない仕事を押し付けられたような――そんな退屈げな目。


「レオン、選べ」


 神が抑揚のない声で続ける。


「この世界の理に従い、役割を果たすのか——それとも、ここで消えるのか」


「——はっ」


 オレは剣を構え、ゆっくりと一歩踏み出した。


「どっちも願い下げだ」


 オレの役割は、勇者に殺される悪役村人。

 つまり、どっちを選んでも死ぬ運命。


 当然、神の要求は受け入れられるはずがない。

 オレは静かに剣を構え、一歩前へと踏み出す。


 オレは静かに剣を構え、もう一歩踏み出す。

 目の前の男――世界のシナリオを強制する存在。


 ――クソみたいなシナリオは、ぶっ壊す。


 神を自称する存在は、気だるそうにオレを見つめる。

 予定外の手間が増えたことを面倒くさがるかのよう……。


「また、無意味なあがきを……」


 神が軽く手を振る。

 瞬間、オレの周囲に圧倒的な重圧が襲いかかった。


「ぐ……っ!」


 膝が、沈む。

 足元の床が軋み、砕けた。


 見えない力がオレを押し潰そうとする。

 呼吸すら困難になるほどの威圧感。


 ――くそ……こいつの力、まるで……世界そのものを押し付けられてるみたいだ。


 だが、それでもオレは抗った。

 奥歯を噛みしめ、全身の力を振り絞る。


「うおおおおおおッ!!」


 重圧を振り払うように、剣を振り抜く!

 閃光が走る。


 空間を裂くような剣閃が、オレを縛る圧力を断ち切った。


 神の顔がわずかに動く。


「……ほう?」


 そのわずか一瞬。


 オレは全身の筋肉を駆使し、間合いを詰めた。


「喰らえッ!! 雷光覇斬!!」


 剣が雷を纏い、轟く音が響く。


 渾身の一撃。

 神の胴を薙ぎ払う、横一閃の斬撃を繰り出す。


 しかし。


 剣は、神の体へ届く前に弾かれた。

 まるで透明な壁にぶつかったかのように。


「……っ!?」


 弾かれた衝撃で、オレの腕が痺れる。

 それを見た神は、まるで退屈そうにため息をついた。


「その程度か」


 オレの周囲に、無数の光の槍が出現する。

 一瞬で数え切れないほどの槍が形成される。

 

「消えろ……」


 神が指を鳴らす。

 光の槍が一斉にオレへと襲いかかった!


 全方向からの一斉攻撃。

 とてもじゃないが、回避する余地はない。


「……ッ!」


 反射的に剣を振るい、数本の槍を弾くが、全ては防ぎきれない。

 一本、二本……無数の光がオレの体を貫いた。


「が……っ!」


 全身に激痛が走る。

 膝をつきそうになるのを、必死でこらえた。


 くそ……このままじゃ……やられる。


 気づけば、戦況は最悪だった。

 ノワールたちも、オリジナルとの戦いで苦戦している。

 このままでは、全員無事に帰るどころか……全滅する。

 

「……なら、やるしかない!」


 オレは左腰に下げていた、もう一本の剣に手を伸ばした。


 元はユリウスが使っていた聖剣。

 今では『神殺しの剣』へと変化している。


 莫大な力を秘めた、全てを破壊する剣。

 だが、それを使えばオレ自身がどうなるかわからない。


 それでも、他に選択肢はない。


「……やるぞ」


『神殺しの剣』の柄を握りしめる。


 瞬間、黒い炎のような闇が、剣から溢れ出した。


「ぐ……っ!?」


 身体の奥底から、何かが喰らい尽くされるような感覚。

 意識が削られる。

 力が、否応なく溢れ出していく。


「……レオン!?」


 遠くから、エリシアの声が聞こえた。

 だが、オレの耳にはもう届かない。


「アアァァァァァァ――!!」


 絶叫と共に、オレは神へと突進した。


「……これは……ッ!?」


 神の顔が初めてわずかに歪む。

 それを見て、オレは確信した。


 この剣なら――神に通じる。


 振りかぶる。

 神殺しの剣が、黒い光を帯びる。


「オラァァァッ!!!」


 オレの全力の斬撃が、神を捉える。

 

 ――刹那。


 世界が、軋むほどの衝撃。


「――ッ!!」


 神の持つ、見えない防御網を砕いた。


 ……いける。この剣なら。


 だが、全身が焼けるように熱い。

 剣を握る手が軋み、指の感覚がなくなっていく。

 

 全てを壊す力と引き換えに、持ち主を喰らい尽くさんとする忌まわしき剣。


 早いとこ勝負を着けないと、このまま飲まれる。


 ……意識を保て。

 闇に飲まれるな。


 湧き出す黒い意志に抗いながら、オレは神へと斬りかかる。


 ギィィィンッ!


 神が初めて武器を取る。

 剣と剣がぶつかり合い、弾かれる。

 

 それでもオレは諦めず、続けざまに切り込む――!


「我が絶対のシナリオを乱す、異物め……早々に消え去れ」


 神が冷たく言い放つ。


 ドゴォォン!!


 突如として天地が反転するような衝撃。

 オレは気づけば地面を転がっていた。


「ぐっ……!」


 立ち上がるより早く、神の影が迫る。


「少しはやるかと思ったが……結局は、この程度か」


 彼の手がゆっくりと宙を滑る。

 次の瞬間――。


 世界が歪んだ。


 重力が狂い、周囲の景色が引き裂かれるようにねじれる。

 オレの身体は軋み、骨が悲鳴を上げた。


「が、あぁ……っ!!」


 剣を握る手が震える。


 熱い――!

 体が焼けるように熱い!

 だが、それ以上に……。


 ――意識が黒に染まっていく。


「ッ……!」


 神殺しの剣が、オレを呑み込もうとしている。

 視界が歪み、世界がノイズに塗り潰される。


 ダメだ……このままだと……。


 神を……殺さないと……。


 殺せ……もっと力を使え……。


 ――ダメだ!


 オレはギリギリの理性で抗う。

 だが、力は止まらない。


 もっと……もっと……!!


「レオン……?」


 遠くで、誰かの声が聞こえた気がする。


「レオン様っ!!」


 ヴェルゼリアの声だ。

 けれど、それさえも闇の中に消えていく。


 オレの意識が、黒に染まり――。

 ……耐えきれない。


「っ……!!」

 

 ギリギリでオレは手から剣を離す。

 剣は重力のまま零れ落ち、床に突き刺さった。

 

 ……この状況は絶望的だ。


 混沌領域エーテル・ディストーション により、魔法は完全に封じられ――。

 エリシア・オリジナルが際限なくデータの残骸たちを召喚し続ける。

 エリシア、ノワール、ヴェルゼリア――3人とも、持ち場を維持するだけで精一杯。


 そして、オレは……。

 

 頼みの綱だった《神殺しの剣》を振るうことすら叶わず、手放してしまった。


 神を倒すなんて、不可能だったのか?

 オレは大人しく悪役村人のまま、無様に死ぬべきだったのか?


 もしそうしていれば――。

 彼女たちも、こんな目に遭わずに済んだのではないか?


 オレの心が、折れかける。

 

 

 ――だが、その時だった。

 


 突如、戦場を満たす黄金の光。

 絶望の闇を切り裂くように、それは降り注いだ。


「……間に合ったみたいだな」


 聞き覚えのある、だがどこか久しぶりに聞く声。

 そいつが静かに歩み寄る。


 漆黒に染まる『神殺しの剣』をその誰かが掴んだ。


 振り向くと、そこに立っていたのは……。


「ユリウス……!!?」


 黄金の光を纏い『神殺しの剣』を掴んで立つ男。

 かつて勇者と呼ばれた――いや、今も勇者である男が、そこにいた。


「お前……どうしてここに――」


 オレの問いに、ユリウスはわずかに笑う。


「決まっているだろう? 『困っている人』を救うためだ」


 その瞬間。

 黒に染まっていた剣が、眩い金色に輝き始める――。

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