第34話

「……お前、いい加減目を覚ませよ!」


 オレは力の限り叫ぶ。


「何が『神の意思』だ……! お前が本当に望んでいることは、なんだよ!!」

 言葉をぶつけるように、ユリウスに向かっていく。


「……黙れ……!」


 ユリウスの拳が握りしめられる。


「お前の意思はどこにいったんだっ!」

 

 同時に、オレも拳を固め、地を蹴った。


 ――ドガァッ!!


 互いの一撃が炸裂する。

 ユリウスの拳がオレの頬を打ち抜き、オレの拳がユリウスの腹にめり込む。


 ……痛ってえ。


 衝撃で互いに一歩後ずさったが、再び同時に踏み込んだ。


「エリシアは……巫女は勇者のものだ……!」


「オレが奪ったんじゃない!! エリシアが決めたことだ!」


 オレの右ストレートがユリウスの頬に直撃する。

 ユリウスは歯を食いしばり、強引に反撃してくる。


「ノワールも……私のものだ!!」


「ふざけんな!! ノワールは……そもそもお前になびいてねえ!!」


「彼女は私にこそふさわしい!」


「オレはアイツの主だ!!」


 オレたちの拳が同時に相手の顔を打ち抜いた。

 額の傷が開き、血が飛び散った。

 

 ――頭が、クラクラする。


「そもそもヴェルゼリアの品格と、貴様は釣り合わん!」

「そんなことは、オレが1番分かってる」

「ならば手放せ!」

「アイツはオレを信じてついてきたんだ。途中で手放せるかよ!」


 互いに胸元をつかみ合い、声を浴びせあった。

 

「お前……それでも世界を救う勇者かよ……!」


「……なっ!」


 ユリウスの拳が、一瞬止まる。

 オレはその隙を逃さなかった。

 

 狂気の瞳が戸惑いの色を見せている。

 ――神の洗脳を解くには、ここで畳み掛けるしか無い。

 

「神の言いなりでいいのか!? それがお前の生き方かよ!!」


「……オレは……!」


「お前の意思は一体どこにあるんだ?」


「私の……意思?」


「ああ、そうだ!」

 

「勇者として選ばれ、神の声を聞き……世界のためにと誓ったんだろ? その中に自分の意志はあったのか?」


「私が……間違っているのか……?」


「そうは言わない……だけど、本当のお前はどうしたいんだよ!」


 オレはユリウスの身体を思い切り揺さぶる。


「お前はただの神の駒じゃないはずだ! お前の意志があるだろう、ユリウス!!」


「ぐっ……!」


 ユリウスの体がよろめく。

 今までの冷徹な雰囲気がなりを潜め、はっとした顔をしている。

 

 まるで……意識の奥で、何かが崩れていく様な……。

 霧が晴れるように、表情が豊かになっていく。


 ――もう少しだ。


「私は……私は……!」


 ユリウスが呻く。

 オレはその顔を見て――。


「……お前の未来は、お前自身が決めろ。ユリウス」


 最後の言葉を、静かに投げかける。


 次の瞬間――。


 ユリウスの膝が崩れ、地面に崩れ落ちた。

 荒く息をしていたが、やがてゆっくりと空を見上げる。

 

 そこにはどこまでも広がる、澄み渡った夜空があった。

 星は、まるで新しい世界を照らすように瞬いていた。


「……私は今まで何をしていたのだろう……?」


「は?」


「私は……心の声を蔑ろにしていた……」


 ユリウスの瞳から、光が戻ってくる。

 神の洗脳が……消えた?

 運命の力から開放されたのか……。


「……そうだな。でも、これからは大丈夫だろ?」


 苦笑し、ユリウスに手を差し伸べる。


「……レオン」


 ユリウスは、晴れやかな顔で、オレの手を取った。


「ユリウス……おまえなら出来るさ」


「私にも……できるだろうか?」


 ユリウスの声は上擦っていた。


「もちろんだ。人はいつでもやり直せるんだ」


「……」 


 返事は無かった。

 ……ユリウスは俯き、泣いていた。


 彼の人生は、きっとここから始まる。

 もう、神やシナリオに翻弄されることは無いだろう。


 そして、オレがこの世界に来て立てた目標は……少々、形は変わったが、全てクリアしたと言ってい良い。

 ①エリシアの心を掴み、勇者との関係を断ち切る。

 ②勇者に殺されないよう、強くなる。

 

 だが、オレには次の目標が出来ていた。

 ③この世界を思うままに操る神を倒す。


 これ以上、エリシアやユリウスのような被害者を出させない。

 くそったれなシナリオを守らせようとする奴らを……ぶっ潰す!


 今までは、自分が死なないようにと思ってた。

 だが、オレはこの世界を解放するために戦いたい。

 

 決意を固めていたオレに、涼やかな声がかかる。

 

「レオン、そろそろ夢から覚める時間じゃないのか?」


 ユリウスはさっぱりしたいい顔をしてた。

 色々と吹っ切れたみたいだった。

 

「そうだな。だけど、どうやって目覚めたらいいか分からない……」


「なに、私に任せるといい。これでも勇者なんだからな……」


 ユリウスは地面に刺さっていた剣の元へ歩き出した。

 彼が剣をその手に収めると、漆黒の剣が黄金の輝きを取り戻していく。

 

「……聖剣が!?」


「そうだ……これで空間を切り裂く。お互い、目覚めたら向こうで会おう。レオン」


 刹那……黄金の残光とともに、夜の闇を薙ぎ払った。

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