第32話
「エリシア、ノワール……ヴェルゼリア!?」
なんで忘れていた?
なんで思い出せなかった?
混乱する間もなく、オレの体が眩い光に包まれた。
視界が揺れ、感覚が変わっていく――。
水島としての体が、レオンへと戻っていく。
そして、失われていた記憶も……!
気がつくと、光は収まっていた。
そうか……このネックレスについている短剣って――。
すべてを思い出したオレは、拳を握る。
「オレは
周囲を見渡す。
この部屋は、レオンに転生する前――水島として生きていた頃に住んでいたアパートだ。
つまり、この夢はオレの記憶を元に作られている……?
「早く、ここから抜け出せないと……」
だが、その時――。
――ドォォン!!
玄関の方から、ものすごい音が響いた。
「な……なんだ急に」
オレは音のする方を振り返る。
今の音は外からじゃない。完全に、この部屋で鳴ったものだ。
何かを踏み砕くような音が続く。
間違いなく、人が来る。
それも、ただ者ではない。
邪魔なものを退けるような音。いや、これは鎧の発する金属音か?
誰かが来る。
黒い靴が、コツリ、と床を踏んだ。
現れたのは、闇の騎士――漆黒の鎧に、黒光りする剣を携えた男。
この現代日本風の夢世界には、まるで馴染んでいない。
明らかに浮いている。
だが、男の顔を見た瞬間、オレは息を呑んだ。
「お前は……ユリウス?」
見間違えるはずがない。
金髪碧眼の勇者ユリウス――ただし、今までの勇者の面影は薄い。
あの神々しさは微塵もない。
氷のように冷たい眼差しと、深淵の闇を纏ったかのような雰囲気の別人だった。
ユリウスは、オレを睨みつけ、忌々しげに吐き捨てる。
「フン……貴様、甘い罠にハマっていると聞いたが……まだ正気を保っているようだな」
「罠だって?」
「当たり前だ。お前は神に導かれ、永遠の夢に囚われるはずだった……だが、それすらも拒絶するか、レオン」
「お前こそ、だいぶ雰囲気が変わったんじゃないか。いつもの白銀の鎧と聖剣はどうした? その見た目、まるで闇の騎士だな」
「私は神から新たな力を授かったのだ。以前よりも……遥かに強力な力をな。聖剣はその力に呼応し、姿を変えて共にある」
ユリウスは口角をつりあげて、嘲笑するかのように黒光りする剣の柄を撫でる。
……あの黒剣が聖剣だって?
「まるで闇落ちだな。精神も神に操作されてるんじゃないか?」
最後に見た時のユリウスは、目に見えて落ち込んでいた。会話もままならないほどに。
だが、今はどうだ。その表情は自信に満ち溢れ、狂気すら孕んでいる。
「神を愚弄するか……異物め。今、排除してやろう」
ユリウスが剣を抜く。
刀身が黒い……。
黄金の輝きを纏っていた聖剣は、今や漆黒の刃と化し、今にも闇の奔流を噴き出しそうなほど、禍々しい黒を湛えている。
同時に、ゾワリと背筋が凍りつく。
ただの抜刀だけで、空気が歪んだように感じた。
この夢世界でも現実でもユリウスの強さは変わらない……いや、むしろ研ぎ澄まされ、増しているとすら感じる。
――刹那。
ユリウスの剣が唸る。
「っ!」
オレは直感で飛び退き、紙一重で斬撃を躱す。
次の瞬間――。
――ズバァァァン!!!
振り下ろされた剣が、床ごとテーブルを両断する。
缶コーヒーが宙を舞い、黒い液体が飛び散った。
「おいおい……部屋がめちゃくちゃだぞ」
苦笑いしながら、オレはじりじりと後退する。
……ヤバい。戦うにしても、武器がない。
ガタリ……!
背中が窓枠にぶつかる。
……一旦、逃げるしかないな。
ユリウスが次の一撃を放とうとした、その瞬間――。
「――っと!」
オレは思い切り後ろへ飛び、窓ガラスを蹴り破った。
――ガシャァァン!!!
夜の街の冷たい空気が、肌を切る。
「貴様……逃げるか!」
ユリウスの怒声が響いた。
だが、オレは地面を転がるように着地し、そのまま駆け出す。
夜の街を息を切らしながら走りだす。
しかし――。
「異物め……逃がすものか」
その声とともに、背後から猛烈な殺気が迫る。
振り返ると、ユリウスが躊躇なく窓を突き破り、こちらに向かって落下していた。
ユリウスは……本気でオレを殺すつもりだ。
夜の街に、オレの足音が響く。
アスファルトを蹴り、必死に走る。
……ユリウスは、オレが甘い罠にハマっていると思っていた。
黒川さんがあそこまで強引に誘ってきた理由……。
彼女は、神の差し金だったということだ。
もし、オレが彼女の誘いに乗っていたら?
黒川さんに骨抜きにされているところを襲われて、逃げるどころじゃなかっただろう。
しかも、黒川さんもユリウスの仲間なのだ。
今頃、オレは確実にユリウスに殺られていたはずだ。
あの時、黒川さんから逃げて正解だった。
でも、この状況もあまり良くない。
今のオレは丸腰で追われている。
……くそっ、武器が欲しい。
何でも良いからユリウスと戦える武器が……。
オレの武器は、今この瞬間、何もない。
素手で強化されたユリウスと戦うなんて、自殺行為もいいところだ。
「逃げ回るばかりか、貴様。とんだ腰抜けだな」
背後から怒号が轟いた。
「丸腰のやつ相手に言うセリフかよ!!」
声の方へ振り向くと――。
――ズバァァン!!
ユリウスの黒剣が、駐車されていた車を両断した。
漏れ出たガソリンに、スパークが引火し……。
――ボォォォォン!!!
火の粉が弾け、夜の街を赤く染めた。
「っ……!」
オレは思わず腕で顔を覆いながら、さらに駆ける。
周囲のビルの窓が砕け、人々の悲鳴が遠くから聞こえた。
夢の世界が壊れていく。
ヤバい…早く武器を……!
オレは走りながら、目についた鉄パイプを掴んだ。
「っしゃあ!」
勢いのまま振りかぶり――。
――ギィィン!!
ユリウスの黒剣が、鉄パイプごとオレの攻撃を弾いた。
鉄パイプはアッサリと切られてしまった。
「ちっ……!」
やっぱり、こんなのじゃダメか……!
もっと、まともな武器を……。
だが、現代日本であの黒剣に敵う武器なんてあるはずもない。
剣はおろか、刀すら売って無いのだ。
詰んだか……。
諦めそうになった瞬間――。
胸元が輝き出す!?
首にかけていたネックレスが、まばゆい光を……放っている。
「……何だ?」
光は手元に集まり、次の瞬間――。
一本の剣が、オレの手の中に現れていた。
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