第24話

裁定者アービター?」


 オレが眉をひそめた瞬間、その存在は静かに口を開いた。


「レオン・シュヴァルツ、ノワール・ルーンハイト、エリシア・ルミエール、魔王ヴェルゼリア——」


 名前を呼ばれた瞬間、背筋に氷の刃を突きつけられたような感覚が走る。


「!!!」


「汝らは『定められた運命』に背いた。よって、神の名のもとに裁きを下す」


 ノワールは妖艶な笑みを浮かべながら、オレに小声で囁いた。


「……ねぇ、レオン。私たち、とっても悪いことしちゃったみたいよ?」


「オレには、あいつのほうが悪役みたいに見えるけどな」


「やっぱりあんた……おもしろい」


 彼女はクスクスと楽しそうに笑うが、その爪にはすでに闇の魔力が宿っている。


 オレはヴェルゼリアからプレゼントされた剣を握りしめ、彼女に確認する。


「こいつがオレたちの敵……神なのか!?」


 ヴェルゼリアの黄金の瞳が静かに細められる。


「いいえ……裁定者は神そのものではありません」


「じゃあ、こいつは一体何なのよ!?」


 エリシアが眉を吊り上げ、警戒を露わにする。


「裁定者は『世界の異変』を修正するための存在。いわば、『神の代行者』……『シナリオの監視者』です」


 オレは息を呑んだ。


「……つまり、オレたちは『世界の異常』として認識されたってことか!!」


 裁定者の仮面の奥から、冷徹な声が響く。


「誤りは修正される。運命は……神の意志のままに」


 裁定者は剣を抜き、静かに構える。


「運命に逆らう者に――死を」


 次の瞬間、裁定者の剣が閃いた。


「っ……!」


 オレは反射的に跳び退く。だが、その軌道は空間そのものを歪めるように広がり、背後の大地を大きく裂いた。


「な、何だこの攻撃……!?」


 珍しくノワールが迎撃体勢をとり、艶やかに微笑みながら低く呟いた。


「……これは、単なる物理攻撃じゃないわね。攻撃そのものを『システム』に干渉させているみたいね」


「どういうことだ?」


「この世界のルールそのものを変えるような力……まるで“管理者権限”のような感じかしら」


「そんなのズルじゃない!?」


 不満げなエリシアに、ヴェルゼリアが静かに説明する。


「裁定者は“世界のバグ”を修正する存在。私たちは神の目から見れば“異常”……ですから、強制的に削除しようとしているのです」


 その言葉の通り、裁定者は機械的に言葉を紡いだ。


「汝らの存在は、定められた“運命”に不要。世界のバランスを守るため——抹消する」


 次の瞬間、裁定者の剣が光を帯びた。


「来るぞっ……!」


破滅の閃光ルイン・フラッシュ


 剣から放たれた光が直線状に走る。


 オレは剣を構え、ギリギリのところでその一撃を受け流した。しかし、その攻撃は尋常じゃない重さを持っている。


「ぐっ……!」


 全身に巨大な岩を叩きつけられたような衝撃が走り、腕がしびれる。


 ――こいつ……攻撃の威力が異常だ……!

 これが……システムに干渉させた力!?


 自分の剣を見ると、少し刃こぼれしている。

 ヴェルゼリアにもらった剣じゃなきゃ……今ので折れていたかもしれない。

 まともに受け続ければ、この剣もいずれ折られる。


 そんなオレの横を、ふわりと黒い影が通り過ぎた。


「随分と荒っぽいじゃない。こんなことされたら、私の美しい肌に傷がついちゃうわ」


 ノワールが艶然と微笑みながら前に出た。


「少しは優しくしてもらえるかしら?」


 彼女が手をかざすと、闇の中から無数の黒い蝶が舞い上がる。


闇蝶の舞ナイト・バタフライ


 蝶たちは魔力を帯び、裁定者の周囲を包み込んでいく。そのまま裁定者の身体に触れ……一気に爆ぜた。


 だが——。


「無意味」


 裁定者はまるで爆発すら存在しなかったかのように、剣を一閃する。

 蝶たちの巻き起こした煙は一瞬で霧散した。

 ノワールの攻撃は、奴にあっさりと無効化されたのだ。


「ちょっと……手強いわね」


 ノワールは笑みを浮かべたままひらりと後退する。


 ——その瞬間。


「隙あり!!」


 エリシアが一直線に駆け出した。


聖撃の槍セイント・スピア!!」


 空間に展開された魔法陣から眩い光の槍が放たれた。それは鋭く伸び、裁定者の胸を貫かんとする——が。


「無駄」


 裁定者はまったく動じることなく、剣をわずかに振っただけで光の槍を粉砕して見せた。


「なによ、あれっ……!?」


 エリシアの瞳が見開かれる。


「汝らの力は、運命の理には届かぬ」


 裁定者が剣を構え直し、エリシアへと刃を向ける。


「やばっ——」


 だが、そのとき。


魔王の盾デモンズ・シールド!!」


 赤黒い魔力が瞬時に展開し、裁定者の剣を阻んだ。


 ヴェルゼリアの魔法が、エリシアを守る。


「エリシア、無茶をしないでください」


「ありがとう……ヴェルゼリア」


 ヴェルゼリアは静かにエリシアの前に立つ。


「裁定者は、あらゆる干渉を拒絶する“神の代行者”。単純な攻撃では傷すらつかない……ですが——」


 彼女は黄金の瞳を細める。


「世界の“法則”に干渉するなら、同じ領域に手を伸ばせばいいのです」


 その言葉と同時に、ヴェルゼリアの周囲に黒い魔法陣が幾重にも展開された。


「……私が、何も対策を考えていなかったと思いますか?」


 ヴェルゼリアの魔力が――爆発的に膨れ上がっていく!!!


「へえ、ヴェルゼリア……やるわね」


 ノワールが感心したように息をのむ。


魔王の領域デモンズ・ドメイン!!」


 赤黒いの波動が大地を覆い、裁定者を飲み込んだ。


「……この力は……?」


 この戦闘で初めて、裁定者がわずかに動きを止めた。


「すごい……!!!」


 エリシアが驚きの声を上げる。


「ヴェルゼリア、何をしたんだ!?」


 オレが叫ぶと、ヴェルゼリアは静かに答えた。


「神が作り出した法則を、一時的に無効化しました」


「なんだって……?」


「この空間では、神の加護による無敵性は失われます。これで……届くはずです」


「……すげえ。これで、あいつを普通に斬れるってことか……!」


 期待に震える腕で剣を握り直すオレの前で、裁定者は静かに顔を上げる。


「ならば、神は……これを許さぬ」


 次の瞬間——。


 裁定者の体が揺らぎ、仮面が黄金に輝く。


 同時に、周囲の空気が歪んだ——。


運命の逆転リバース・フェイト……」


 裁定者の機械的な声が不気味に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る