第5話

「お前、マジで殺る気じゃねぇか!!」


「ふふっ、それはどうかしら?」


 ふわり。


 彼女の身体が舞う。まるで重力を無視したような軽やかな動き。

 ノワールはくるりとバク転し、数メートル後方へ着地した。


 紅の双眸が、じっとオレを見据える。


「さあ、『主』としての資格があるかどうか、試させてもらうわよ?」


 ドンッ!!


 再びノワールが地を蹴る。


 その手には、ただならぬ魔力の奔流―― 空気がピリピリと震える。


「まずは、軽い挨拶ってとこかしら?」


 ズズズッ……。


 空間が歪む。視界が揺らぎ、背筋を刺すような魔力の奔流。


漆黒槍ダークネス・ランス


 ノワールの背後に、 漆黒の槍が五本、出現した。


「なっ……!」


 それは、ただの魔法じゃない。


 まるで、空間そのものを侵蝕するような、異質な力――。


 ――ヤバい……!!


 直感が叫ぶ。これを喰らえば終わる!!


 槍が唸りを上げる。

 放たれる瞬間、オレは横に飛びのく!


 ズガァァァン!!!


 床がえぐれ、石壁が粉々に砕ける。


 ――くそっ、こんな魔法、聞いてねぇぞ!!

 

「まったく、チートみたいな威力だな」


「ふふっ、かわしてばかりじゃつまらないわよ?」


 ノワールが指を鳴らす。


 パキンッ――空気が砕けたような音が響いた。


 途端に、周囲の空間がねじれ、暗闇が滲み出すように黒い魔法陣が次々と浮かび上がる。


「今度はもっと派手にいくわよ?」


 ゾワリと背筋が総毛立った。


 ――ダメだ、今度こそ避けきれねえ……!!


「……『試してみる』しかねえか!!」


 オレは歯を食いしばり、短剣を強く握りしめた。そして、一気に駆け出す!


「あら、死ぬ気……なの!?」


 一瞬、ノワールの瞳がわずかに揺れる。


 迷いが生じた――今だ!!


 オレは一直線に、ノワールの懐へと飛び込んだ。


 そして――。


「はあぁっ!!」


 封印の短剣を振るう。

 狙うはただ一点――魔法の要である『核』!!


 ガキィィン!!


 空間そのものが悲鳴を上げたかのような鋭い音が響く。


 瞬間――。


「え……?」


 ノワールの魔法陣が、音もなく霧散した。

 闇の槍は放たれることなく、まるで幻だったかのように消え去る。


「……嘘っ!?」


 ノワールが戸惑いの色を浮かべ、呆然と自分の手を見る。


「どういうこと。魔法が……消えた……?」


 オレは短剣をクルリと回し、ニヤリと笑った。


「悪魔ともあろうものが知らないのか? 『魔法の核』を断てば、魔法は無効化されるんだよ」


「……なによ、それ?」


「こんなの『ブレイブ・オブ・グランディア』の玄人にとっちゃ、常識みたいなテクニックだぜ?」


 ノワールは驚きの表情を見せたが――。


「……っ、ふふっ」


 すぐに余裕を取り戻し、口元を妖艶につり上げる。


「へぇ……おもしろい。あなた、おもしろいわ!!」


 紅の双眸が、愉悦に染まる。


「……いいわ、気に入った! でもね、まだまだこれからよ」


「なるほどね。まだ認められてないってことか!」


 ノワールの手のひらが、妖しく輝き始める。


 ――ヤバい。


「さあ、これはどうする? 『夜葬ナイト・レクイエム』」


 ノワールが静かに呟いた。


 ズ……ズズズ……ッ!!


 次の瞬間――。

 世界が闇に侵食された。


 大気が凍りつく。骨の奥まで染み込むような冷たさ。

 全身が重圧に締め上げられ、呼吸すらままならない。


 まるで世界そのものに押し潰されるような圧迫感。


「くそっ……! たちの悪い魔法だ!」


 オレは短剣を握りしめ、一気に駆け出した――。


 ――が。


「残念~。そこは『死域』よ?」


 ズンッ!!


 オレの足が止まる。いや、止められた。


 視界が揺らぐ。

 世界そのものが"固定"されたかのような錯覚。


 ――しまった!!


 足が……動かない――!!


「さぁ、おやすみなさい……」


 闇が押し寄せてくる。

 冷たい波がオレの意識を飲み込もうとする――。


「まだ……だ!!」


 オレは、全身全霊を込めて短剣を振るった。


 ――シュンッ。


 音もなく、世界が裂けた。


 次の瞬間、黒い波動は霧散し、空間の圧力が消滅する。


 足元が軽くなり、身体の自由を取り戻した。


「……今の、断つの?」


 ノワールの紅の瞳が、驚愕と……興奮に染まる。


「なるほど、なるほどっ……!!!」


 彼女は高揚した様子で、ゆっくりと口元をつり上げた――。


「こりゃあ、おもしろい『主』になりそうねぇ!!!!」

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