運命が俺を殺す気らしいが、好きにはさせない~勇者のシナリオを悪役村人がぶっ壊す件~
ちくわ食べます
第1話
目を覚ました瞬間、強烈な違和感に襲われた。
——ベッドがおかしい。
こんな寝心地だったか?
感触がいつもと違う。ガサガサするというか、チクチクするというか……。
まるで安物の布団ではなく、何か粗い繊維の上に寝かされているような——。
眠たい目を擦りながら寝床を確認すると、オレは藁の上で横になっていた。
「は?」
違和感はそれだけじゃない。
空気が、自分の部屋とは明らかに違う。
鼻をつくのは乾いた土と草の匂い。それに、ほんのりと木の香りがする。
「……酔って変なところで寝ちゃったのか?」
昨日は久しぶりの飲み会だった。
最後の方は記憶があいまいだが、飲みすぎて潰れてしまったのかもしれない。
「あぁ、やっちまった……。最近、酒に弱くなってきたな……」
ボヤきながら身を起こした。
しかし、目の前に広がる光景を見て、思考が硬直する。
質素な木造の部屋。
壁には簡素な棚が取り付けられ、そこには木の器やパンが並んでいる。
「えっと……ここは……?」
それよりも気になることがある。
さっきから聞こえる自分の声が、妙に若々しい。
それに——この部屋に、見覚えがない。
いや、そもそも寝る場所を間違えたレベルの話じゃなさそうだ。
混乱しながら、自分の手を見下ろす。
——めっちゃスリムになってる。
腕も、足も、成長途中の少年のように細い。
オレはおじさんだったはずなのに。
これじゃあまるで、十代前半に戻ったような感覚だ。
いや、それどころか——。
「えっ……?」
ふと目に入ったのは、部屋の隅に置かれた小さな鏡。
映っていたのは——黒髪の、あどけない顔立ちの少年。
「えーと……だれ?」
こんな少年、知らないんですけど……。
だが、胸の奥に、引っかかるものがある。
この顔……どこかで見たことがある。
「思い出せ……思い出すんだ……」
頭の奥がズキリと痛む。
そして——。
「……これ、ゲームのキャラじゃね?」
脳裏に、次々と記憶が溢れ出す。
オレがかつてプレイしたRPG——『ブレイブ・オブ・グランディア』。
この世界は、あのゲームの舞台だ。
そしてオレは——。
鏡に映る顔を凝視し、愕然とする。
「……村人Aのモブじゃん!!!!」
盛大に叫んでしまった。
そう、間違いない。
オレはかつて夢中になったゲームの世界に転生してしまったのだ。
しかも、この顔、この名前——。
勇者が村へ訪れた際、一瞬だけ登場するNPC。
ただの村人A。
……いや、もっとひどい。
「勇者が最初に訪れる村で、ヒロインと幼馴染の立ち位置にいる、結局勇者にあっさり負けて退場する悪役だぞ……」
そう、このキャラの役割は――。
「……勇者に殺される?」
幼馴染を勇者に取られ、その勇者に敗北し、最期を迎える。
その運命を知っているオレは、背筋が凍った。
冷たい汗が流れる。
心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。
だが、すぐに深呼吸する。
——落ち着け。
「考えろ……オレには、ゲームの知識がある」
つまり、この世界の未来を知っている。
その知識は武器になる。
死ぬ運命を受け入れるなんてごめんだ。
落ち着いて、前世とこの身体の記憶を整理するんだ。
——ゲームの開始は、今から数年後。
勇者がこの村にやってくるのは、彼が十七歳になった時。
「数年後か……なら、まだ時間はある」
オレが今からすべきことは――。
「勇者が来る前に、未来を変える!」
ゲーム内では、オレはエリシアの幼馴染で彼女に恋心を抱いていた。
だが、勇者がやってくることで彼女の気持ちは勇者に傾き、嫉妬に駆られたオレが「悪役」として処分される……という流れだった。
オレは「嫉妬に狂った悪役」だったが、現代日本から転生したオレなら違う未来になるはずだ。
恋仲ではなかったものの、勇者が来るまではエリシアと仲が良かったのだ。
「それなら——勇者が来る前に、エリシアをオレに惚れさせればいいんだ」
勇者よりも先に彼女の心を掴んでしまえば、勇者が来ても原作通りの展開にはならないはず。
だが、ラノベやゲームなどによくある『シナリオの強制力』が働く場合も考えておいたほうがいいだろう。
勇者と戦いになった場合、今のままじゃとても敵わない。
でも——。だまって殺されるのは癪にさわる。
こうなったら強くなってやろうじゃないか。
「ゲーマーを舐めるなよ。勇者なんか軽く超えてやる!」
勇者は規格外の力を持つが、彼が来るのは数年後。十分に時間はある。
それまでに己を鍛え上げれば、少なくとも『一方的に殺される』未来は回避できる。
できれば勇者を圧倒する力を手に入れておきたい。
オレの目標は2つだ。
①エリシアの心を掴み、勇者との関係を断ち切る。
②勇者に殺されないよう、強くなる。
死の運命を変えてやる。
「よし、やるぞ!」
覚悟を決めたオレは、まず自分の現状を整理することにした。
まずは、ここがどの時点の世界なのかを確認する必要がある。そして、自分のステータスや能力についても把握しなければ。
そう考え、ベッドから立ち上がると、外から聞き覚えのある声が響いてきた。
「レオンー! 起きてる?」
ドンドンと戸を叩く音と、「ねえ、まだ寝てるの?」と元気な声が聞こえる。
レオンというのは、この身体の名前。
これからはオレの名前でもある。
この声の主を間違うはずがない。
「……エリシア?」
オレは驚きながらも、ゆっくりと扉を開けた。
そこに立っていたのは、一人の少女。
「おはよう、レオン! もう、起きてるならちゃんと返事してよね」
「おはようエリシア。ごめん、寝起きだったもんで……」
黄金色の髪をツインテールにまとめ、大きな緑色の瞳を輝かせた、いかにも元気いっぱいな美少女。
オレの幼馴染であり、攻略対象でもあるエリシアだ。
「今日の修行、ちゃんと行くんでしょうね!」
そう言ってニコッと笑う彼女の所作は、ゲームのヒロインと寸分も違わない。
もしかしたら……ゲームに良く似た世界かもしれない、という淡い期待もあったが、その考えは捨てることにした。
ここがゲームの世界であることを、エリシアの存在が証明してくれた。
「……ああ、もちろんだよ」
オレは自分の置かれた状況を受け入れる。
死ぬ運命を変えるため、彼女との関係を深める決意を新たにした。
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