全人類由芽ちゃん化政策

 私は思わず家を飛び出した。

 あそこは私の居場所ではなくなってしまった。


 振り出しに戻っちゃった。

 ねむちゃんは由芽ちゃんになれるって、信じてたのに。


 蓋を開けてみれば別物だった。

 今までの私の努力は本当になんだったの?


 由芽ちゃん……あなたはどこにいるの?

 どうすればあなたを作れるの……?


 頭を抱えて地面にうずくまる私の耳に、うるさいメガホン越しの声が聞こえてきた。


『――○○党の北条照子を! 北条照子をよろしくお願いします!』


 ……そうだわ。

 作り方がわからないのなら、たくさん実験をすればいい。


 待っててね、由芽ちゃん。

 ぜったい作ってあげるから。



『皆さん、はじめまして。このたび総理大臣となりました、名取ねねと申します』


 試しに総理大臣を幽閉して入れ替わってみたら、なんか総理大臣になれちゃった!

 今、私の力でどれくらいの人が狂わされているのかな。


 そう思うとちょっぴり怖いけど。

 由芽ちゃんに会えないほうが怖いものね。


『国民の皆さまから応援をいただき、こうしてお話しできていること、大変光栄です! さっそくですが、政策についてお話していきたいと思います』


『私は、“全人類由芽ちゃん化政策”を実施します! 一言で言えば、国民の皆さまには私の妻である由芽ちゃんになってもらうっていう政策です! わかりやすいでしょう?』


『由芽ちゃんは、居場所のなかった私に本物の愛をくれました。ですが、そんな彼女は命を……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』


『――失礼いたしました。すこし……感極まってしまいました。話を続けますね。由芽ちゃんは、全人類の宝です。水や自然よりも、なくてはならない存在なのです。あなたたちも感じていたでしょう? 幸せに生きているはずなのに、どこか満たされない……心に穴が空いたような感覚を!』


『私たちは取り戻さなければなりません。由芽ちゃんという……人類にとっての光を! 由芽ちゃんなくして、私たちに明日はないのです!』


『だからお願いです……皆さん。由芽ちゃんになってください。なっていただいた暁には、私の……永遠の愛を保証します!』


『こちらの建物をご覧ください。これは、私と由芽ちゃんの愛の巣です。ここでは最高の暮らしと永遠の平和が揃っています。ご飯は私が腕によりをかけて作った、愛情たっぷりの料理が三食出て、服も由芽ちゃんの魅力を最大限高める特注品。そして、毎日私と愛を確かめあう時間もたっくさんあります!』


『現在、幸せな時間をいつまでも続けられるように、不老不死の研究を生物学者に進めさせています。人間の臓器には限界があり一見不可能に見えますが、それなら取り換えればずっと生きていられるということなので不老不死は実現可能です! さらに、もしそれが間に合わなかったときや、私たちの身になにかあったときには、こちらの埋め込み型チップが作動します!』


『これは私か由芽ちゃんのどちらかの生命活動が終了したときに、生きているもう片方も同時に生命を終えることができるよう、電気ショックが流れるしくみになっています。愛する人のいない世界なんてないのと同じですから、当然ですね!』


『いかがでしょうか? 私の、由芽ちゃんへの愛が伝わりましたか? この上なく由芽ちゃんを愛している私だからこそ、世界に由芽ちゃんという尊い存在を復活させるのに相応しい存在なのです。そして、そのために私がどんな努力も惜しまないというのも、伝えられたと思います』


『自分が別人になるのは、ちょっぴり怖いかもしれません。ですが、あなたたちはほんの少しの勇気で、人類で最も尊い存在になれるのです。こんな幸せが他にありますか!? ありませんよね!?』


『さあ皆さん。今すぐ由芽ちゃんになってください。私は総理として、皆さんの希望を全身全霊をかけて後押しします!』


『……ですが、もしかすると由芽ちゃんになりたくないと、自分に嘘をついてしまう方もいらっしゃるかもしれません。そんな方もご安心ください! 私直属の特殊部隊が、あなたを由芽ちゃんにして差し上げますから!』


『それでは、皆さまが素敵な由芽ちゃんになれることを、心よりお祈り申し上げます!』


 演説が終わり、カメラとマイクが切られる。

 秘書官が私のそばにすっと近寄って言う。


「総理、素晴らしい演説でした! 私、感動で涙が……!」

「泣いてる場合じゃないわ。あなたも、由芽ちゃんになるのよ?」


 私がにっこりと微笑むと、秘書官はぱあっと笑って。


「はいっ! 最高の由芽さんになれるよう、精進します!」

「ふふっ、頑張ってね」


 舞い上がった秘書官はすぐにカメラを切り替え、国民の皆さんに由芽ちゃんの性格や見た目を公開した。


 これが国民を由芽ちゃんに変身させるトリガーになる。


「準備終わったよ、ねね!」

「ありがと。でも……」


 さっそく由芽ちゃんの仮面を被り出す秘書官。

 ……こんなのじゃない。


「本物の由芽ちゃんはもっと、自分のことをかわいいって確信してるわ。もっと由芽ちゃんになってくれる?」


「う、うん……」


 いいわね。

 ちょっとずつ近づいてきてる。


 有能な人って、何をさせてもこなすのね。

 でも、まだ由芽ちゃんには程遠い。


 ここからが、本番ね。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る