”V”系の苦悩

麻田 雄

第1話


 ヴィジュアル系バンドがやりたかった――



 だが、事務所の意向もあり、今はアイドル系シンガーソングライター  として活動している。


 そこそこ売れてきてしまった為、路線変更は難しい。

 生活の事もあるし、俺は苦悩していた――



  ◇  ◇  ◇



 芸名は星月ほしつき 太陽たいよう

 まったくもって、俺の趣向にはそぐわない名前だ――


 だが、本名は星野ほしの 太陽さん……。

 ”太陽”と書いて”サン”と読む……。

 キラキラしすぎていて、芸名の方がまだ精神衛生上は良い……。

 加えて、様々な場面で、常にフルネームで呼び捨てにされているという錯覚に陥るのは俺くらいでは無かろうか?

 既に慣れてしまってはいるが……。



  ◇  ◇  ◇



 巷では『やや古臭い表現がありながらも、現代の若者にも通ずる心情を赤裸々に歌い上げ、幅広い層から支持される新時代の……』などと評価されている。

  

 俺はどうしていくべきなのか……。



  ◇  ◇  ◇



 現在は新曲の制作を進めているまっ最中だ。


 いつもの作業の段取りとして、先ずは俺の作成した歌詞を専属マネージャーに渡すことになっている。

 その専属マネージャーを紹介する。


 高倉たかくら なん(58歳・男)。

 色々と優秀。

 だが、なかなかに不器用だ。

 不器用過ぎて、俺との意思疎通は上手く出来ていない気がしないでもない。

 ついでに、武道館にも甲子園にも連れていってはやれないだろう。


 だが、彼無くして今の俺はあり得ない。



  ◇  ◇  ◇



 「これ、新しい歌詞です」


 俺は高倉さんに歌詞を書いた紙を渡した。


 「ああ」


 高倉さんはぶっきらぼうに紙を受け取る。


 これで今日の仕事は終わりだ――



  ◇  ◇  ◇



 俺の作成した歌詞の一部を公開する。


 『漆黒の闇の中――

 虚ろなで窓の外を見つめていた――

 全てが灰色に染まる世界で――

 流れる血だけが真実だった――


 信じた全ては虚構で――

 信じた全てに裏切られた――


 救いを求めた俺に、舞い降りたのは真っ黒な羽根――

 赤い雫が、黒く変化かわっていく――』

(※注 適当にそれっぽく書いています。もし、似た歌詞が世の中に出回っていたり、書いている方がいらっしゃいましたら誠に申し訳ございませんm(__)m)



  ◇  ◇  ◇



 収録当日。


 スタジオに到着した俺に、高倉さんは紙を手渡してきた。

 俺は静かにそれを受け取る。



 「不器用なんで……」


 彼は小さくそう言った。

 いつものやり取りだ。


 俺はそれに目を通す。


 これが今日、俺が歌うべき曲……の一部を抜粋する。


 『部屋の中で明かりも点けず――

 不安を抱え、窓の外を眺めていた――

 気分をうつすような曇り空――

 頬を伝う雫――


 嘘……嘘……


 誰か助けて――

 頬を伝う雫が青く光る――』

(※注 適当にそれっぽく書いています。もし、似た歌詞が世の中に出回っていたり、書いている方がいらっしゃいましたら誠に申し訳ございませんm(__)m)


 高倉さんは俺の歌詞を元に高倉風?にアレンジ(ほぼ別物)してくれる。

 それを元に、スタッフの誰かが曲を作成しておいてくれる。

 俺はそれを歌うのだ。


 肝心の歌詞は……うん。あながち間違ってはいない。

 そこはかとなく、近いものは感じる。

 ……だが、やはり何か違う。

 何が違うかと問われれば……”青”か?


 いつも通り何処か釈然としないまま、俺は収録スタジオに入る。



 だが、こうして生まれるのだ。

 ”V”tuber星月 太陽が――





 P.S.手渡された歌詞の最後には『たいちゃん頑張って!!』と、手書きしてあった…… 




         完    

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