師匠と弟子

「お願いだ。どうか、話を聞いてくれ」


 目の前で膝をついているのは、ライル。もう、大人の騎士と同じ力を持つと言われているライルがヴィオラに頭を下げている。


「聞く、聞きます。だから、頭を下げないで。お願い」


 ヴィオラはおろおろと声をかけた。

 学校の入り口でこんなことをされたら、目立ってしょうがない。今度は先輩に頭を下げさせた悪女と言われそうだ。通りすがりの人がじろじろと見ていく。足を止めている人もいる。


「聞いてくれるんだな」


 ぱあっとライルの顔が明るくなった。


「はい、だから、立って。面会室に行きましょ」


 ライルが後ろをついてくる。まるで護衛騎士のようだ。その間も大勢の人に見られてしまった。せめて、先を歩いてくれたら、自然なのにどうしても後をついてくると言う。

 面会室につくと、ミヤを呼んでもらった。貴族の娘らしくしようという意識はヴィオラにもある。


 テーブルをはさんで向かい合うと、ライルはおずおずと尋ねた。


「先ほどは悪かった。あの、手紙の返事がなかなか来ないため、焦ってしまった。すまない」


 悪いのは自分だと気づいて、ヴィオラは変な汗をかいた。

 確かにライルから手紙は来ていた。大切な話があるので面会を頼みたい、グラント伯の許可は得ているというものだった。父様からもライルとの面談を許したと連絡が来ていたが、ゲームの攻略対象に近づきたくないヴィオラはなかったことにしていた。


「それでお話とは何でしょうか?」


 ヴィオラは不安に駆られながら、尋ねた。

 ライルは立ち上がると、ヴィオラの前に跪いた。


「ヴィオラ嬢」


 ライルはヴィオラを真っ直ぐに見つめた。そのまなざしにヴィオラは思わず、ドキリとときめいてしまう。乙女ゲームだったら、プロポーズの姿勢なんだけど。


「どうか、俺の師匠になってくれないか?」

「はあ?!」


 ミヤが笑いを噛み殺している。


「授業で水晶玉を握り潰したと聞いた」


 いや、壊しちゃったけど、握り潰してはないって。もう、噂になってるの?


「それに先日、大岩を真っ二つに割るのも見た」


 えっ、あれを見られていたの? 誰もいないと思っていたのに。ああ、でも、ドラゴンのポチの時もあの山でライルに見られたんだった。別の場所に行けばよかった。


「俺は身体強化が苦手だ。騎士団長からも身体強化をマスターしない限り、戦闘能力には限界が来ると言われている。今年も来月には学園の武闘会がある。何としてもジョージ王太子には勝ちたいんだ」


 そうそう、ジョージ王太子って、文武両道なんだった。確かに近衛騎士を目指すのに護衛対象より弱かったら問題だよね。


「ヴィオラ嬢の身体強化術は目を見張るものがある。どうか、おれに教えてくれ。お願いだ」


 えー、断りたい。

 でも、断ったら、恨まれたりするんだろうか。


「俺は諦めるつもりはない。何度でも頼むつもりだ」


 断る余地はないわけですか? さっきみたいに人前で頼まれて断ったら、また、変な噂が広まりそう。

 それに待てよ。

 弟子になったら、師匠を敬うよね。断罪に加担することもないだろうし、他の攻略対象者から断罪されそうになったら、守ってもらえるかもしれない。最強の騎士から。


「わかりました。身体強化をお教えしましょう」

「ありがとうございます。師匠」


 単純なところがあるヴィオラは師匠になりきろうとしていた。


「私の修業は厳しいぞ」

「はいっ」

「本当に強くなりたいなら、ついてきなさい」

「はい。師匠」


 今にも外に飛び出しそうな二人の前にお茶とお菓子が出された。いい香りだ。

 ヴィオラのお腹がクウと鳴った。


「腹が減っては修行ができぬ。まずは食事だ。グラント領自慢のフィナンシェだ。食べるがいい」


 お腹が鳴った恥ずかしさを誤魔化すようにヴィオラは言った。前世の知識で作ってもらったお菓子だ。

 ヴィオラは一口食べた。アーモンドの香りが広がる。


「さあ、遠慮なく」


 ライルは思い切ったようにかぶりついた。それから、目を丸くする。


「師匠、こんな美味しいものを食べたのは初めてです」

「そうだろう。そうだろう」


 ミヤが咳払いをした。ヴィオラに顔をしかめてみせる。ヴィオラは我に返った。師匠と弟子の関係がまわりにバレたら、また、変な噂が立ちそうだ。悪役令嬢の噂とは違うかもしれないけど。


「ところで、師匠と呼ぶのはやめてもらえませんか?」

「いえ、師匠は師匠です」


 うーん、何とか説得しなくては。


「修業には秘伝が含まれる。そのため、師匠と弟子という関係も隠しておきたいのだ。わかるな。人前だけでいい。師匠と呼ぶのはやめてくれ」

「わかりました」


 秘伝という言葉が効いたのか、ライルは目をキラキラさせている。

 まあ、これでいいかとヴィオラはお茶を飲んだ。

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