ジョージ

 入学式の朝。

 ヴィオラは制服に着替えると、鏡の前ではしゃいでいた。憧れのハーモニー学園の制服だ。

 嫌々来たが、来た以上は学園生活を楽しみたい。

 白い膨らんだ半袖のブラウス。ワイン色の長いサーキュラースカートはハイウェストで袴っぽい。靴は決まりがないので、編み上げブーツにした。


「お嬢様、いつまでもそんなことをしていると、遅刻しますよ」

「はい、はい」


 ミヤに髪は一つの三つ編みにしてもらって、ワイン色のリボンで結んでもらった。


「お化粧はどうしましょう」

「いらない、いらない。目立たないようにするんだから」


 それに前世の記憶のせいか、十二歳で毎日、化粧をするっていうのには抵抗がある。


「お嬢様の場合、何をしても目立つような気がしますが」

「えー、そんなことないって」


 ヴィオラはスカートの裾をつまんでお辞儀した。


「猫をかぶって大人しくしてます」

「猫なんてかぶらないでくださいよ。変人に思われます」


 いまだに前世の慣用句を使って、ミヤにツッコミを入れられてしまう。


「じゃあ、行ってきます」


 ヴィオラは元気よく部屋を出た。


「お嬢様、間違えないでくださいよ」

「わかってる、わかってる」


 ミヤの声が追いかけてきたので軽く答える。

 ハーモニー学園の入学式には父母は参加できない。貴族と平民を平等に扱うという建前上、貴族の父母の護衛や侍女を無しにすると、平民しか参加できなくなるということになり、いっそ、参加禁止にしてしまえとなったらしい。


「友だち、百人できるかな」


 鼻歌まじりにホールに向かって歩いた。ホールは敷地の端に建つドーム状の建物でダンスの授業やパーティーに使われる。


「早すぎたのかなあ。誰にも会わない」


 しかも、ホールに着くと、誰もいない。


「え、まさか、時間を間違えた?」


 呆然としながら、あたりを見回すと、張り紙があるのに気づいた。


『裏山にドラゴンが出現したため、安全性を高めるために入学式は本館講堂で行います』


 嘘っ。って、場所が変わったの、自分のせいだ。いや、ポチが悪い。

 ヴィオラは慌てて走り出した。最初から遅刻なんてしたら、目立ってしまう。風魔法で体を浮かし、邪魔な花壇を飛び越えて、本館入り口に向かって突っ込む。

 あれ、昨日のポーションが効き過ぎてる? スピードが出過ぎて、うまく止まれない。

 バンッ。

 ヴィオラは思いっきり、人にぶつかってしまった。


「すみません、大丈夫ですか?」


 倒れた相手の手を握り、引っ張り上げた。


「何をする。動くな」


 ヴィオラの首に剣が突きつけられた。突きつけているのは護衛騎士のようだ。左頬に大きな傷があるのがいかにも歴戦のツワモノって感じがする。

 かなり強そうだが、やろうと思えばすぐに反撃できるので、ヴィオラはじっとしていた。それにしても、断罪を避けようとしているのにいきなり、剣を向けられるなんて。


「剣を引け。私は大丈夫だ。怪我はない」


 ぶつかったことを咎めずに優しく声をかけてくれたのは十五歳くらいの美少年だ。

 優しい子で助かった。

 え、待って。

 豪華な金髪。金色に煌めく瞳。王家の色だ。

 ジョージ王太子。もちろん、攻略対象者。ゲームの人気投票ではいつも一位だった完璧な王子様。

 ヴィオラは頭を掻きむしりたくなった。

 なぜ、私とぶつかるの? 迷子になったヒロインのアリアナとぶつかるんじゃなかったの? それとも、もう、ぶつかった後なの?


 護衛の騎士が剣を引くと、ヴィオラはジョージ王太子の手を離して立ち上がった。


「大変、失礼致しました。入学式の会場を間違えたため、遅刻すまいと慌てていました」


 普通のお辞儀をしてしまったけど、マナーとしてはどうなんだろう。ゲームではアリアナはぶつかった後、どうしてたっけ?


「そうか。では、私と一緒に入場すればいい。それならば、遅刻にはならない」


 優雅に手を差し出してくる。


「殿下」


 護衛の一人がたしなめるように声をかける。王太子は大丈夫というようにうなずいてみせた。


「名前を教えてもらえるかな」

「ヴィオラと申します」

「すごい治癒能力だね。君にぶつかった瞬間、体の不調が全て治ったよ」


 え? ぶつかった後に私、治癒魔法を使ってしまった?

 魔力に余裕があるから、自分が原因で人を傷つけたと思う時はバンバン使ってるからなあ。反射的に使っちゃったらしい。


「いえ、気のせいではありませんか?」


 ヴィオラは冷や汗が流れるのを感じた。攻略対象者に興味なんて持たれたくない。


「まあ、そういうことにしておいてあげよう。さ」


 ジョージ王太子が差し出した手をひらひらさせるから、ヴィオラは仕方なく自分の手をその上にのせた。王太子のエスコートを断るなんてことできない。


 かくして、歓声と視線が集まる中、ヴィオラは講堂に入った。


「あの子、何?」「王太子って、あんな娘が好みなのか」「誰なの?」「可愛いじゃないか」「見たことがないが、どこの家門だ? まさか、平民?」


 風魔法を使うと、ひそひそ話がよく聞こえる。

 ああ、目立たないつもりだったのに。

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