少女と人形

国城 花

少女と人形


「あぁ、なんて素敵なお人形なのかしら」


ショーウィンドウの向こうには、一体の人形が飾られている。

月の光を映したような金色の髪に、美しい湖の水底のような青い瞳。

陶器のような艶やかな白い肌に、ぷっくりとした小さな唇。

手足は細くなめらかで、爪先まで洗練されている。


「あぁ、なんて素敵なお人形なのかしら」


知らずに、同じ言葉をもう一度呟いてしまう。

それほどに、この人形は美しい。

しかし、ガラスに映る自分の姿は美しくない。


黒い髪に、黒い瞳。

日に焼けた肌に、ぶつぶつとできものが浮いた肌。

パッとしない目元に、特に特徴のない鼻と口。

どこまでも平凡な顔は、この美しい人形とはほど遠い。


「私も、あの人形のようになれたら…」


少女は努力した。


黒い髪を金色に染めてみた。

青いカラーコンタクトをつけてみた。

ショーウィンドウに飾られている美しい人形を見に行った。


「まだ、あの美しい人形には程遠いわ」


運動して、ダイエットをした。

少し痩せて、手足が細くなった。

雑誌やインターネットで調べて、肌をお手入れした。

できものは消えて、肌は白くなった。

ショーウィンドウに飾られている美しい人形を見に行った。


「まだ、あの美しい人形には程遠いわ」


大人になった少女は、働いたお金で顔を変えた。

くりっとした瞳に、鼻筋の通った綺麗な鼻。

ぷっくりとした小さな唇に、ほっそりとした小さな顔。

ショーウィンドウに飾られている美しい人形を見に行った。


「まだ、あの美しい人形には程遠いわ」


大人になった少女はやがて愛する人ができた。

平凡な私を、「美しい」と言ってくれる優しい人だった。

優しい人との間に、可愛い女の子が生まれた。

あの美しい人形を見に行くことは少なくなった。


母親になった少女は気付いた。

月の光を映したような金色の髪も、美しい湖の水底のような青い瞳もいらない。

陶器のような艶やかな白い肌も、ぷっくりとした小さな唇も必要ない。


「私には、必要ないんだわ」


母親になった少女は、人形になろうとすることをやめた。

金色の髪が黒くなっても、青い瞳が黒くなっても。

見た目がどれほど変わっても、優しい人は母親になった少女を愛してくれた。

生まれたばかりの可愛い女の子も、母親である少女を愛してくれた。

母親になった少女は、可愛い女の子を愛した。



それから数年後。


かつて少女だった女性は、あの美しい人形を手に入れた。

月の光を映したような金色の髪に、美しい湖の水底のような青い瞳。

陶器のような艶やかな白い肌に、ぷっくりとした小さな唇。

手足は細くなめらかで、爪先まで洗練されている。


「おかあさん」


美しい人形は、かつて少女だった女性をそう呼んだ。


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少女と人形 国城 花 @kunishiro

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