あこがれは叔父さん【KAC⑦ 2】
関川 二尋
あこがれは叔父さん
「あこがれはオジサン」
小森サクヤは好きなタイプを聞かれるたびにこう答えてきた。
こう答えると大抵の相手は黙る。返答に困る。なんかすごく微妙そうな顔をする。
でもそれでいい。それがいい。
オジサンが好きなことは自分だけの秘密であってほしいから。
⑳
「あの、サクヤさんって付き合ってる人います?」
これは就職して二年目。
同期の木村という男から聞かれた。
木村はけっして悪い男ではない。かなりの人見知りのようだが、営業を頑張っている。成績はよくないけれど、得意先からは信頼されていてリピーターも多い。
恋愛というものにもかなりの奥手のようで、この質問も顔を真っ赤にしながら、ずいぶんと勇気を振り絞って声をかけてきた。
「そういう人はいないけど」
サクヤはストレートの髪をサラリとかきあげ、社交辞令たっぷりにほほ笑んだ。
その笑みに木村は頬を染め、ちょっと安心した笑みを返す。
「だったら、今度食事でも一緒にどうかな? 得意先の人に紹介してもらった店があってさ、若い娘に人気なんだって」
「それって二人で行くってことかな?」
「まぁ、サクヤさんが嫌じゃなければ」
ふむ。とサクヤは腕組みする。
確かに木村は悪い奴ではない。むしろ好青年だ。容姿だって悪くないし、ちゃんと清潔感もある。
でも。
「ごめん、パス。ほかの人誘ってあげてよ」
木村はその瞬間、フッと息を吐いた。顔の赤みもすぐに消え、むしろさっぱりとした表情を浮かべた。これはまったく脈なしだと理解した。そして恥ずかしさを感じさせずにフッてくれたことをありがたくさえ思った。
「わかった。ついでに聞いてもいい?」
「いいよ」
「サクヤさんってどういう人がタイプなの?」
「それ聞いてどうすんの?」
「いや、ただの興味だけど」
「昔からそうなんだけどさ、あたし叔父さんがタイプなの」
「オジサン?」
「そう。叔父さん」
木村はつい言葉に詰まってしまった。なんて会話を続ければいいか分からなくなった。頼りにしていた懐中電灯が急に切れてしまったように。
ちなみにこの時の木村の脳内で回っていた思考はこんな感じだ。
『サクヤさんは社内でも美人と評判だ。口数は少ないけど話してみると気さくで、ちょっと独特の感性と価値観を持ってて、ミステリアスな美人と評判だ。なのにオジサン好きって……いや、そんなところもまたミステリアスな魅力につながっているのだろうか? 分からない、分からないよ。だって彼女まだ二十代だぜ? なのにオジサン好き? 課長とか部長みたいな、あんな感じの中年のオッサンがいいの? 分からん。理解できん。僕にはハードルが高すぎる……でもまぁ好きは人それぞれだから』
木村は理解したような笑顔を浮かべて最後にカッコつけた言葉をつなげた。
「お互い頑張ろうな!」
「なにを?」と続けたかったが、サクヤはその答えを口には出さなかった。
⑯
「なぁ、サクヤ、オマエにも好きな人くらいいるんだろ?」
こう聞かれたのは高校2年生の時。
同じ手芸部の先輩・己家明美から聞かれた。ちなみに彼女の読み方はミケアケミ。ついでに言うと逆さに読んでもミケアケミという面白い名前を持つ友達だ。というか名前を考えた親の性格が面白すぎる。
「ちょっとなんすか、いきなり」
「恋バナってやつじゃんか。今日は男子も来てないし」
彼女はちょっと厄介な先輩である。性格は男勝りで、深く考えない性格からなんでもズケズケという癖がある。当然、他人への配慮もないから、パーソナルスペースにズケズケと入り込んでくる。だが裁縫の腕は一流だ。センスもある。なんでこの性格に繊細な感性と器用さが宿るのかまったく理解できない。
「はぁ、あたしの恋バナなんて楽しくないですよ。先輩の話を先にしてくださいよ」
「はぁぁ、オマエほんとかわすのうまいな。てかあたしのことはいいんだよ。彼氏いるし」
そっちのほうについ驚いてしまう。どうしてこのガサツな先輩に春が来るのか? どうやったら恋なんてストーリーが始まるのか? 一ミリも予想できない。そもそものスタートから恋が始まるまでのストーリーが想像できない。
「ひょっとして二次元ですか?」
「三次元だよ」
「妄想とか?」
「容赦ねぇな」
ほかの可能性はなんだろう? なにかオチがあるんだろうか?
ひょっとして……いや、一応確認しておいた方がいいだろうか?
「人類以外とか?」
「殺すぞ。ちゃんと人間、男子だよ。八神康介、名前ぐらい知ってんだろ?」
はわわ……と声が出そうになり、慌てて口をふさいだ。
その瞬間、サクヤの脳内で回っていた思考はこんな感じだ。
『かわいそう、先輩っ! 嘘と妄想の区別もつかなくなってるなんて! だって八神康介といえばウチのカタリ君と女子人気を二分している不動の学園アイドル。バスケ部キャプテンで、ちょっとやんちゃで人懐っこくて、バカっぽくて熱い性格で、男友達も多いことからしてかなりの人格者。勉強なんてしてなさそうなのに実は成績トップクラス。そんな八神康介がアホな先輩と付き合う要素なんて一ミリもないのに……いや、だからこそ妄想がはかどるということなのか? 明美先輩あれでけっこう乙女なところがあるというコトなのか?』
「……幼馴染なんだよ。なんか中学のころからなんとなく付き合ってんだ。ま、周りには一応内緒にしてるけどな」
「幼馴染……ならなんとなく納得ですね」
「なにをだ?」
「いや、それならストーリー的になんとかアリかなと」
「オマエ、真顔で失礼な奴だな。それより、オマエはどうなんだよ? 誰にも言わないから言ってみ?」
「あたしは昔っから叔父さんがタイプなんです」
「オジサン?」
「はい。辛い経験してきたせいか、とにかく誰にも優しくて、なんというか達観してるんですよね。分かります、達観?」
「分かるよ。なんか年寄りみたいな価値観があるってことだろ?」
「はい。料理も裁縫も上手で、しかもカッコいいんですよ」
「あーはいはい、もう分かったよ。ごめんな恋バナなんか振って」
と話していたところで手芸部の男子部員『北乃カタリ』がやってきた。
「珍しいですね、何の話してたんです?」
「もちろん恋バナだよ、カタリ君。他に何があるってんだい? オマエもなんか話していくか?」
明美が特異のイジワル顔で笑って答える。カタリがその手の話題を好かないのを十分承知の上だ。
「ボクは遠慮しておきます。お二人だけでどうぞ」
「いいのか? 今はサクヤの面白い話を聞いてたとこなんだけど」
あ。これはまずいな。サクヤはピンときた。これはまずい流れ。明美先輩、またズケズケといろいろ話しだしそうだ。しかもカタリ君に!
(先輩、これ以上話すと、彼氏のこと全校中に言いふらしますよ)
そっと耳打ちすると、珍しいことにちょっと考えてから口をつぐんだ。どうやらこの秘密はかなり重要らしい。まぁそうだろうけど。
「ま、まぁ、恋バナは男子禁制だからな。それより部活はじめようぜ。今日は何作るんだっけ?」
やれやれ。この先輩は楽しいけど疲れるな。と思ったところでカタリと目が合った。お疲れ様、なんとなくそう言ってくれた気がした。たぶんあたしの気持ちを察してくれたに違いない、なんといってもカタリ君は達観しているから。
「今日はきんちゃく袋です。型紙も持ってきました。今日のノルマは30枚! さっさと始めますよ!」
といつも用意のいいカタリ君。
「マジか、30枚? なんでそんなに」
「お世話になった孤児院に送るんです。言ったでしょう? ほら先輩もサクヤちゃんもさっさと手を動かして!」
午後の教室にミシンの単調な音が流れていった……
⑧
「オジサン? カタリ君、同い年なのに?」
それはサクヤが8歳の時に母親の三奈に聞いた言葉だ。
「そう、叔父さん。でもサクヤのオジサンとママの言ってるオジサンはちょっと意味が違うんだよ。まだ漢字習ってないかもね」
おじいちゃんの北乃さんの家に同い年の男の子がやってきた。なんかお父さんもお母さんもいなくてシセツというところにいたらしい。それで北乃のおじいちゃんとおばあちゃんが自分の家の子供にするって決めたそうだ。
初めてカタリ君見たときはちょっとびっくりした。なんかすごくカッコよくて、でもなんかその目が冷たくて警戒してて、でも言葉遣いすごく丁寧で。だから最初はうまく挨拶もできなかったのだ。
「北乃のおじいちゃんの子供ってことは、ママの弟ってことになるんだよ。で、サクヤはママの娘だから、カタリ君のことは『叔父さん』になるのよ。大人の男の人の『オジサン』とはちょっと意味が違うんだよ」
「へぇぇ」
なんかよくわからなかったけれど、カタリ君とは不思議な縁で結ばれているということが分かった。幼馴染でもない、ちょっと特別で不思議な家族。
「サクヤ、カタリ君と仲良くしてあげてね?」
「うん。カタリ君、あたしと仲良くしてくれるかな?」
「それはばっちりよ、お父さんもお母さんも言ってたけど、すっごく優しいって」
それを聞いてサクヤもなんだかうれしくなった。
今度会ったときはもっとちゃんと挨拶しよう。家族なんだから照れないで、ちゃんと普通に挨拶しよう。
でもやっぱり照れるかも。
叔父さんはすごくカッコいいから。
㉕
あたしの恋はあこがれだった。
カタリ君とはずっと家族だったから。
カタリ君を好きになって、カタリ君があたしを好きになってくれたらいいな。
ずっとそんな風に思っていた。
「だから今日はあこがれがちゃんと恋になった日なんだ」
「そして新しい家族になる日だね。考えてみるとサクヤちゃん北乃家になるんだ」
「そうね、なんか不思議な感じ。北乃カタリ君これからもよろしくね」
「北乃サクヤちゃん、こちらこそ。それより明美先輩がブーケ狙って待ってるよ」
~おわり~
あこがれは叔父さん【KAC⑦ 2】 関川 二尋 @runner_garden
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