永遠の光

氷室凛

第1話


「憧れが理解から最も遠い存在なら、その逆はなんだと思いますか」


 もう何年も前に後輩から聞かれた質問だ。あの時俺は高校3年生で、彼は1年生だったか。


 懐かしいな。声が大きくて身体も大きかった彼は元気にしているだろうか。なんとなく彼はずっと快活で元気そうな気がするが、そう見える人間が本当にそうとは限らないということを俺はあの高校生活で知った。


 元気で、皆の中心に立つような人間が……実は誰にも話せない重い悩みを抱えていることがあると。その重さに潰されることがあると。

 あの時。

 「高校生活最後の○○」がひと通り終わって。あとは受験勉強一直線という段になって。

 そういうことを、俺は知った。





 憧れが理解から最も遠い存在なら、その逆はなにか。


 高校3年生の春。

 その時は「友情」と答えた。


 すっかり大人になったいまでもその答えは変わらない。

 ある者は「愛」と答え、ある者は「尊敬」と答えたその問いに、俺はやっぱり「友情」と答えるだろう。


 互いをよく理解し合った存在。それは「友人」と呼んで差し支えないだろう。


 ……だが。


「その定義でいくなら、俺たちは友人じゃなかったのかもな」


 そう呟いて手を合わせる。目の前のアイツは何も言わない。──当然だ。人懐っこい笑みを浮かべる彼は、黒い額縁に縁取られたただの写真だから。


 仁吾ジンゴ未来ミライ。彼の名前。

 生活指導委員の委員長で。その癖いつもだらしない格好をしていて。なのになぜか人気があって。お悩み相談部の部長で。いつも周りに誰かがいて、楽しそうに笑っていて。いろんな人の憧れで。そして──


 そして。

 高校3年生の秋。


 校舎の屋上から飛び降りて、自殺した。





 いったい何が彼を自殺まで追い詰めたのか。詳しいことはわからない。

 だが、ハッキリしていることがひとつだけある。


 俺は彼のことを何も理解しちゃいなかった。


 常にみんなの中心にいて、いつも誰かの憧れで。

 その実、隣には誰もいなかったことを──

 みんなが見ていたのはお前の放つ光だけだったってことを──


 俺は、わかっていなかった。






「……また来るよ」


 合わせた手をほどいて腰を上げる。

 彼は何も言わない。


 永遠に17歳の姿のまま。皆の憧れの姿のまま。


 人懐っこい笑みで、俺を見ていた。

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永遠の光 氷室凛 @166P_himurinn

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