第13話都合が悪いのに恋に全てを注ぎ込む

ファルミリアは衣食住の場を移し、現在二つ隣の町で宿を借りて住んでいた。


ギルドの依頼を受けていけば何の苦もなく過ごせている。


腕はいいのだ。


小さな頃から親に楽をさせたいと言う意味、己を鍛えるという二つを達成させる方法と取れたので日課のようにしていた。


「お疲れ様でした」


「はい」


ギルドで到達報告を行い依頼を精算。


お金は振り込まれるので、今ここで受け取る必要はない。


やり取りを済ませて借りている宿へ行く。


宿へ行く前に屋根の上に跳んで誰かにつけられていないかチェック。


追われる身なので、どこかに潜む不埒者がいつ現れるか。


左右を見て、今日もいないことに安堵。


流石に子爵家では、ここまで探すのに苦労するかもしれない。


ディアドアはここにいることを知らないので便りが届くこともなく、今現在どうなっているのかもわからないまま。


知らなくていい。


知ると疲れるし。


宿へ帰ると漸く一息つけた。


「ふう。もっと離れようかなぁ」


こんなに日々気にしていては休まらない。


もっと遠くへ、国を跨げば完全に隠れられるだろうか。


コンコンコン。


「!」


ドアを叩く音に跳ね起きた。


「ディアドアだ。迎えに来た」


「どうしてここが」


声音はディアドアだ。


窓から屋根を伝うと、外から部屋の中が見える。


偽物の場合、直ぐに見破れるから。


「ファルミリア」


「私が高級アップルティーと市販のアップルティーを見分けた方法は?」


ドア越しに質問した。


「引っ掛けだな。答えは見分けられてない」


「ふーん。次」


次もあるのかという気配が、こちらにまで来る。


「私達はどんなふうに出会った?」


「初手からあっちに行けとけんもほろろ状態で、あしらわれた」


「私の元婚約者は誰にやり込められた?」


最後は結構難しい。


「おれが空からプレゼントして転けた」


「ありゃ、全問正解」


屋根から離れて部屋へ舞い戻り、ドアをゆっくり開けた。


現れた懐かしい男の顔。


「久々だね」


言い終える前にキツく引き寄せられて視界がブレる。


真っ暗だ。


多分抱きしめられてるから、視界が暗い。


「苦しいし、息できない」


「嘘つくなよ。できるだろ」


「できるけど」


水中でだって長い時間、潜っていられる肺活量ですから。


ファルミリアは漸く、離してもらえたところで中へ入ってもらう。


「どう?進捗は」


「解決した」


「どれくらい」


たずねると彼は全部だと告げる。


「かなり悪質と判断されて、遡って契約がなかったことにされた」


「そうなんだ。なーんか、お咎めなしって感じ」


不貞腐れていくファルミリア。


ディアドアは笑って、そんなことはないぞと追加。


「お前を追いかけ回した奴らは、その事実を開示された」


周りに知られることになる。


ツガイの女性も同等に見られて、番揃って白い目で見られ続けることになるという。


ずっと言うわけではなく、暫くだ。


「男は夢で自分の番を追いかけ回される悪夢を見させられるんだと」


「されたことをやり返される罰か」


「護衛は命令されて、知らない間にやらされたからこの程度だ。嫌なら追加で申請するぞ」


「追々、考えとくね」


やらなくていいとはならない。


追いかけられた時は理不尽に震えたからね。


子爵家の方では、番と言い切ったことで重い罰になった。


聞いた内容ははっきりとしなくて、わかりにくい。


「つまりは」



子爵家令嬢のシェリーは父親に可愛がられて、甘やかされた少女。


ディアドアに会いに行って怒られた。


妻がいるとは聞いてないが、番がいると聞いている。


シェリーの中で番は恋人のようなものであるという固定した価値観が座る。


「どういうことだ?」


「……お、お父様」


いつもならば父親が怒る顔など、直ぐに許してもらえるからと真剣に反省などせずに、楽観視して軽くあいずちを打つだけ。


しかし、今は違う。


やけに空気が重く身体もどことなく辛い。


威圧感というものなのだが、令嬢シェリーは知らないまま怯えた。


父が鋭い瞳でこちらを見ているのを、震えて耐えるしかない。


部屋を出ろと言われないので、ずっと圧迫され続けている。


ファルミリアならば圧迫面接だなと内心判断しているほど、重苦しい空気。


「お前の恩人といって差し支えない相手に、お前ははしたなく追いかけ、あまつさえ男の番に追うように指示することがどういうことになるのか、わからなかったのか?」


少女が身じろぎをする度に視線が鋭くなっていく。


恐る恐る父を見上げるが怒りが体から滲み出ている。


いつも冷静で、自慢の親。


「番についてちゃんと学びました。ですので、ディアドア様をお慕いしている私が、番だと思っただけです」


「そんなわけっ、ないだろう!」


「ひっ、お父様、怖いです!」


「そんなことを思っている場合ではない。お前は妖精の前で番と宣言してしまったのだ。取り返しがつかない」


「そうなんですの?ということは、ディアドア様の番として認められたということでしょうか」


嬉々とした顔を浮かべる娘に、父である子爵は額を抑えてムカムカとする胃を、宥める羽目になっている。


「違う!認められたのはお前が番を名乗り偽証した事実のみ」


「私はディアドア様の番ですっ。この胸の高鳴りは、本当ですの」


「では、番はどうなる?ディアドア殿の番だ」


「あれは……きっと間違いで、勘違いで」


「だから、排除しようとしたと?」


「排除など、しようとしてません。ただ、本物の番の私がいるのだから、彼女は違ったと教えてあげようと」


「あげようと!?なんだその上から目線はっ。シェリー!お前は何様だ?では、お前が行けばよかっただろう。護衛に話しかけさせる必要などどこにある?それに、ディアドア殿だけではなく、公衆の面前で大々的にお前は番と言い、護衛と契約した内容すらも私は違反したことになるんだ。この子爵家に護衛としてきてくれるものはいなくなる」


子爵家は、護衛に契約した内容にある、番を害させない契約を破らせるということが直ぐに広まるだろう。


「なにか不都合でも」


子爵家当主は机に顔を伏せる。


シェリーは外に出ることもままならなくなる。


護衛のいない令嬢など格好の金の鳥だ。


直ぐに誘拐されるだろう。


それに、当主たる男の護衛も既に話は広がっており、辞表が提出され始めていた。


万が一、同じように番にけしかけられてはたまらないのだ。


ディアドアの番を追いかけた男達は妖精が報告する部署の許可を得たとして、苛烈な罰を本人から受けさせられている。


護衛に怪我をさせたと訴えたらそれこそ、子爵家が終わるのだ。


ただでさえ、危害を加えようとしたと思われている。


「不都合などという話では既にない」


たくさんの証人や目撃者がいた。


違うと言っても法的に罰はなくとも、とっくにそういうことをする貴族なのだと思われて剥がれない。


「では、どういうことでしょう?」


一つの泥を被せられたとして無かったことにできる子爵家だが、番関連の失敗とやらかしは隠せない。

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