亜人娘たちの攻略マニュアル

@wadaxiEisha

序章 ヴィクトル(Victor)


五年前に遡る。


午後の陽光が木々の葉間から差し込み、庭にまだら模様の光点を落としている。

黒髪の若い紳士が、籐椅子に深く腰掛けていた。

大理石のティーテーブルには、開かれたままの手稿が置かれている。タイトルは『亜人研究』、冒頭には数十文字の序文が走り書きされていた。

繊細な羽根ペンが、手稿の真ん中に無造作に置かれている。

まるで書き進めるうちにふと何かを思い出したかのように、ペンを叩きつけ、書物を閉じたような様子だった。


実際、フィッシャーの思考は、目の前の茶菓子や論文には全く向いておらず、先ほど終わったばかりの卒業式での演説に囚われていた。


「.....まだ叱(しか)るのが軽(かる)すぎた。」


学院に巣食う老害どもは、頭の中身が時代遅れの腐った思想で凝り固まっている。若者の熱意に対して、口を開けば「若者は地に足をつけろ」だの「亜人研究に未来はない」だのと、的外れな批判ばかり。

奴らは理解していないのだ。亜人娘の……いや、亜人研究の魅力!


王立学院の卒業生総代として、フィッシャーは卒業式で学院長を筆頭とする保守派を痛烈に批判した。

壇下の学院長の顔は、今にも墨汁が滴り落ちそうなほど真っ黒になっていた。思い出すだけで笑いが込み上げてくる。

学院生活の締めくくりとしては、まさに“完璧”と言えるだろう。


この世界の人類は、大陸探検においてはまだ初期段階に過ぎないにもかかわらず、「万物の霊長」と自惚れ、亜人をまるで家畜同然の存在と傲慢にも見下している。

手にした銃や大砲を振りかざし、亜人をほしいままに狩猟し、奴隷として扱い、彼らの住処を焼き払い、財産を略奪する。

同じ世界に文明を築き上げた種族に対し、最低限の敬意すら払おうとしないのだ。


学院内の学術的な雰囲気は比較的自由で、偏見も幾分かは改善されてきている。それでも大多数の人々は、心の奥底で「亜人は人間より劣った存在だ」という思想を抱え続けている。


フィッシャーが脳内で、未だに声高に「反亜人娘」思想との激しい論争を繰り広げていると、その時だった。

黒い表紙の本が、枯葉のようにひらひらと空から舞い降りてきた。

そして、庭の中央の芝生の上に、静かに横たわった。


「!」


フィッシャーの神経は一瞬にして張り詰め、脳内の雑念を払い除けた。同時に、外套の下で暗紫色の魔法光が静かに瞬き始める。


何者だ?

全く気づかないうちに、自分の目の前に本を落としてくるなど。

ここは見晴らしの良い庭だというのに!


こんな悪質な冗談を仕掛ける友人の心当たりはない。相手は、素性の知れない人物である可能性が高い。


「出てきたらどうだ……。そんなつまらない悪戯はやめて。」

周囲を警戒しながらも、平静を装って紅茶を口にする。


しかし、応答はない。


フィッシャーは立ち上がり、庭の前後の状況を注意深く探査した。

だが、庭にはやはり彼の他に人影は見当たらない。


彼はその本、いや、正確には手引書と言うべきだろうか、に近づいた。それは掌に収まるほどの大きさしかない。

手引書の表紙には、けばけばしいほど色彩豊かな装飾が施されており、まるで聖ナリの街角でよく見かける子供向けの童話本のようだ。表紙には、金色の花文字でこう書かれている——


『亜人娘の完全攻略マニュアル』


胡散臭すぎる。空から降ってきた手引書が、よりにもよって自分が最も興味を持っている内容ときている。


彼は警戒しながら、杖の先で慎重に手引書を突いてみた。罠は仕掛けられていないようだ。

表紙の紋様も、既知の魔法記号の類ではない。

しばらく逡巡した後、フィッシャーは意を決して腰をかがめ、それを拾い上げた。


表紙を開くと、最初のページの前書きが、まるで叙事詩のような荘厳な言葉で綴られていた——


「紅蓮の竜女王は先陣を切って崛起し、人類のすべてを怒りの炎で焼き尽くすだろう。」

「神秘の海の子は、巨大な波濤を巻き起こし、人類の罪を抹消するだろう。」

「天空の神は、残された者たちを、身を隠す場所も、帰る家も失わせるだろう。」

「不死の魔女は魔法をもって、人類のために墓碑銘を彫り刻むだろう。」


この一節を読み終えた瞬間、フィッシャーの脳内で何かが爆発したかのように、轟音が鳴り響いた! 終末の光景が、津波のように彼の意識に押し寄せてくる!


紅蓮の炎が都市を焼き尽くし、巨大な波濤が大地を飲み込み、雷霆が天空を切り裂き、黒い魔法が廃墟を覆い尽くす……。

四つのぼやけた、しかし圧倒的な力を持つ影が、終末の荒野に傲然と立ちはだかり、人類文明の終焉を宣告している!


映像は唐突に途絶えた。


フィッシャーは幻影から激しく覚醒し、背中に冷や汗が噴き出すのを感じた。手の中の小冊子は、まるで焼けた鉄塊のように熱く感じられる。


こ、これは……一体何だ?!


フィッシャーが激しい衝撃に打ちのめされていると、その時、どこからともなく、掴みどころのない、しかし透き通るような声が、彼の脳内に直接響き渡った——


「フィッシャー……彼女たちを見つけ出すのだそして——————」


声は唐突に途絶えた。まるで無理やり糸を断ち切られたかのように。


フィッシャーは茫然自失となり、その場に立ち尽くした。心臓が激しく鼓動している。手の中の小冊子は、幽かに黒い光を放ち、まるで何かを無言で語りかけているかのようだ……。


……続く




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