第13話 思いがけない訪問者
知らなくても良い秘密を知ってしまった翌日、ファイバーの配信に行くとその日も配信終了時間が近くなるにつれ暗雲が立ち込め始める。
最近では毎回のように荒れるのだから、しゃち子も視聴することを控えるなり煽るような発言を控えてくれれば良いのだが何の変化もない。
そしてその光景を見ていることしかできないことが何とも辛い。
自分だけが知る秘密をぶちまければ辛さから解放されるのかもしれないが人として大切なものを失ってしまう。
そのことが原因なのか分からないが今日は、全くやる気が起きずベッドの上でスマホを眺め一日過していた。
時刻は十七時三十分、配信時間が近づくと習慣化しているからか風呂に入る準備を始めてしまうのだが今日は体が重くベッドの上から動けずにいる。
当事者の二人が知らないだけで家族問題、成行きを見守るしか選択肢がないことぐらい百も承知しているのだが納得することができずにいる。
この問題は、しゃち子が着地点を間違えれば家族は瓦解する。
喫茶店で二人の会話を聞き、親子として良い関係を築けていると思えたからこそファイバーが気がつく前に事態を収拾できれば良いのだが糸口すらつかめない。
帰省する前の自分なら面倒に巻き込まれた時点でファイバーと距離を取るかアプリをアンインストールしていただろうし解決策を考える事すらなかっただろう。
そもそも配信を通じ知り合い何度か会ったことがあるというだけの関係性でしかないファイバーの事で何故これほど苦悩しているのか自分でも理解できない。
何度かアンインストールすれば楽になると思いもしたが、ファイバーや兎牙、配信に来てくれるリスナー、配信を通じ知り合った人達との繋がりを断ち切ることができなかった。
何年も同じ職場で働く同僚は付き合いも長く名前や顔を知っているし嫌な思いをさせられたことも無い。
生きていく上で最も大切だといえる収入を得るために働く会社というコミュニティと仮想空間上のコミュニティ、一方との繋がりを断ち切るしかないという選択を迫られれば悩むことなく現実を選ぶ。
休暇が終わり日常に戻れば生活圏の違いからファイバーや兎牙と会うことも無くないだろうし仕事が忙しくなれば現実を優先しなければならない。
それが正しい・・・・・・
仮想は現実になりえないのだと理解していると思っていた。
だがそんな世界で生まれた繋がりは奇跡的に現実世界で交差し仮想から現実へと姿を変え必要なものになりつつある。
生きていく為ではなく人生を豊かにする為に必要な要素の一つとして・・・・・・
同日十八時二十六分
一日中悩み考えても結論が出ないことは最初から分かっていたのだが悩めば悩むほど底なし沼に引きずり込まれるかのように気持ちが落ちて行く。
何も考えられないから何もしたくないという悪循環。
こんな状態に陥った時、部屋から引っ張り出してくれるのが友達だったりするのだろうか。
「友達、親友かぁ・・・・・・」
一人が気楽だと目を逸らし避け続けていた家族や会社の同僚とは違う存在。
自分を変えるために努力しリインカーネーションでファイバーや兎牙、そして多くの人達と出会い充実した日々を送れるようになってきた。
だが今の俺は、あの後悔し涙した日以前の自分に戻りかけているんじゃないだろうか。
そもそも問題が起きない人間関係など存在する訳がないに逃げ出そうとしている。
最も近しい家族という関係であっても考え方の違いから喧嘩する事だってあるのだからゴールへと向かう歩みを止めるべきじゃない。
だが今から配信しようにも晩飯の時間まで十分を切っており配信するだけの時間的余裕もなく、だからと言って配信が終了するまで待ってもらうのは居候の身としては心苦しい。
「晩飯食べてからにするか」
一階のリビングへ向かうと準備を済ませた華純と母が談笑しており、俺の姿が目に入ると母が心配そうに話しかけてきた。
「一日中部屋に籠ってたみたいだけど体調悪いの?」
「お母さん。多分仕事してたんですよ。自宅警備員っていう仕事を」
「もうやだぁ。華純ちゃんったら」
また心配をかけてしまったと思っていると華純が上手く誤魔化してくれて深く追求されることはなかった。
詳しく話せる問題ではないだけに華純には感謝しかない。
子供の頃から知らず知らずのうちに他者と距離を取り続けていたのだと華純を見ていると実感する。
大学時代も社会人になってからも知り合った人達が、どんな人物なのか何を考え何を思っているのか見えなかったのではなく見ようとすらしていなかったのだと。
そう考えると他者と新たな関係を構築するためには、その人物の事を知り自分の事を知ってもらわなければならない。
悪いイメージ、噂話だけが独り歩きしているしゃち子の事をどれだけ知っていてファイバーはしゃち子と距離を取るべきだと考えたのだろうか。
一部分だけ見ている自分よりファイバーの方が遥かに多くの時間、見ているだろうし理解しているのかもしれない。
そう考えると何もできないと嘆くより今は自分にできる事を頑張りファイバーが頼ってきたときに力を貸せばいいという結論に至る。
食事を終え部屋に戻ると配信準備を済ませ足早に風呂場へ向かい、洗顔洗髪、体を洗い終えると配信を開始する。
いつもの配信時間から二時間ズレただけだというのに驚くほど誰も現れない。
待つこと五分、このまま誰も来なければ配信を終了しようとした時、初見リスナーの入室が表示された。
「しゃち子さん? こんしゃろー」
ファイバーの配信で見かけると言っても一度たりとも絡んだことがなく何故、視聴しに来たのか分からない。
若干、緊張しながら一度、尻を思いっきり叩く。
何故毎回こんな事になるんだろうか。
自分にやれることをやろうと決め配信を始めたまでは良いが、流石にこの状況は厳し過ぎる。
パラサイトシングル 杜乃真樹 @MakiMorino07
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