第2話 シャロウ
最寄りのバス停から実家まで徒歩で十分と言ったところだろうか。
閑静な住宅街、多少の変化はあっても学生の頃とあまり変わらない風景に懐かしさを覚える反面、強い向かい風でも吹いているかと思うほど足取りが重い。
実家の前まで来ると先程までと打って変わって追い風に力強く背中を押されているかのように立ち止まれず通り過ぎてしまいそうになる。
右往左往しながらも何とか玄関へと辿り着くと引き戸だった玄関が木目調のシンプルな片開きドアに変わっていた。家を間違えたかと思い慌てて路地まで戻り表札を見直すが
先日の電話で母親が話していた事といえば大部分が孫の話でリフォームしたなんて一言も言ってなかった。外壁など所々真新しい個所があり玄関が改修されていたことを考慮するとリフォームしたと考えて間違いないだろう。
だとすれば持っている実家の鍵では開錠することができず家に入ることができない。
ガレージに車はなくインターホンを押してみたが反応がない。買い物にでも出かけているのだろうか。誰か帰ってくるまで待てなくもないが可能な限り接触を避けたい人物が居る。
スマホを取り出し母親に電話しようとした次の瞬間、聞き覚えのある声に名前を呼ばれる。
「達也?」
振り返らなくても背中越しに話しかけてきたのが誰なのか分かる。二年前の夏、弟と結婚し義妹となった幼馴染。子供の頃はよく弟と三人で遊んでいたのだが中高と進学するにつれ彼女特有の距離感が苦手になり自然と距離を取るようになった。
「最悪だ・・・・・・」
「最悪だなんて酷いなあ。こんなに可愛い妹を虐めるなんて酷いお兄ちゃんだね」
当時入院していて結婚式に参列できなかったこともあり最後に会話したのは高校の卒業式だっただろうか。いつまでも背中越しに会話する訳にもいかず渋々振り返る。
「
「でしょ!! 若くて可愛いお嫁さんだねってよく言われるんだよ。そっかそっかあ。達也もそう思ってたのか」
「・・・・・・」
この距離感とノリ、そして超がつくほどのポジティブ思考、良くも悪くも子供の頃と何一つ変わっていない。そんな華純が弟の
「それで優弥達はどうした?」
「優弥はお父さんと洗車。お母さんは・・・・・・ あっ。ほら帰ってきた」
華純の指さす方へ視線を向けると上下ピンクのウォーキングウェア、ピンクのマスクをつけた女性が歩いているだけで母親の姿を見つけることができなかった。
マスクで顔は見えないが服装や歩き方は三十代にしかみえない。そもそも母だとすれば家の前で話している二人に気がつき手を振るぐらいしそうなものだが。
「いやいや。流石に別人だって!!」
そのまま通り過ぎるかと思っていると十メートル程手前で立ち止まるとマスクを外し笑顔で駆け寄ってきた。
「あらっ。達也じゃない。お帰りなさい――」
所々見える白髪や声は年月の経過を感じさせるものの来年還暦を迎えるとは思えないほど若々しく、嬉しそうに笑っている顔を見ると帰省して良かったと心から思う。
華純が妊娠したことで芽生えた目標や生き甲斐のようなものがこれ程の変化を生み出し現在進行形で若返らせているのだろうか。
仲良く話す二人の後を追い家の中へと入ると外装以上に内装はリフォームされていて間取りは同じだと言っていたがキッチンなどの設備は全て真新しい。
「リフォームしたみたいだけど俺の部屋ってどうなってる?」
「・・・・・・ いやほら。達也って結婚しても私達と同居したりしないでしょ? だから・・・・・・」
同居する弟夫婦が子供を授かった。将来的に子供部屋が必要となり大規模なリフォームを決断した場合、十年以上帰省することもなく連絡すらしてこない息子の部屋が生き残ることなど万に一つの可能性もない。
母親の言い分は理解できるし文句を言うつもりもないが子供部屋を使って良いという申し出だけは受けたくない。そもそも子供部屋の有る二階は弟夫婦の居住スペースになっているらしく気を使うし使い辛い。
唯一の救いは子供部屋と弟夫婦の寝室が離れていることぐらいだろうか。
華純は気にしないで良いと笑っていたが、気にしないで居られるほどデリカシーのない人間じゃないと自負している。既に手遅れ感は否めないが一階にある客間が使えるのなら使わせて欲しいと心から願わずにはいられない。
母親に案内され部屋に入ると段ボールが部屋の隅に積まれ、高校時代に使っていたベッドの上には客間にでも置いていそうな少し高級感のある布団が敷かれている。ただ机やタンスといった家具類は一つもなく殺風景だが間借りしている身としては丁度良い。
ベッドに寝転がり父と弟の帰りを待つこと二時間。十八時を回っているが洗車に出かけた二人は未だ帰ってこない。見るからに不機嫌そうな母親が玄関の鍵を渡しに来た際に夕食は全員揃ってからにすると言っていた。
更に年末年始に行われる予定だった親戚の集まりは感染症に罹患した者が出た事もあり中止になったそうだ。
世界的流行から約五年。季節性インフルエンザと同じ感染症法上五類へと移行し感染対策は個人の判断に委ねられた。だからと言って一度感染し生死の境を彷徨った身としては二度と罹患などしたくない。
何かと気を使う必要が無くなったことは嬉しくもあるが私物の整理以外の予定が白紙に戻る。だが同時に自由に行動できる時間が確保されたことを意味している。
高校時代の友人で自分と同じように暇を持て余している奴の一人ぐらいは居るだろうと鞄に入れておいたスマホを取り出し誰に連絡しようか悩んでいるとき、バス停で女の子が話していたことを思い出す。
「リインカーネーションだったっけ・・・・・・」
配信という響きだけで敷居が高いイメージがあり顔出しするだけの勇気も無ければトーク力もないと端から除外し詳しく調べたことなどなかった。
アプリストアで探し少しレビューを読んでみると想像通り問題点も多いようだが概、女の子が話していたようなことが書いてあった。どこまで真実なのかは視聴すれば分かるだろうし少なからず雰囲気は感じ取れるだろう。
早速、アプリをインストールし初期設定を進めていく。アバターは同世代の男性をイメージし作ろうと思っていた為、悩むことなく作成することができたが一つ問題が発生する。ユーザー名を全く考えていなかった。
「シャロ、シャロ―・・・・・・ やっぱシャロウの方がいいな」
これと言って思いつかず簡単に決めてしまったが、なかなかどうして悪くないユーザー名じゃないだろうか。次にホーム画面を見るとリアルタイムで配信しているライバーと呼ばれる配信者のサムネイルがジャンルごとに数多く表示されていた。
雑談や歌などジャンル毎に表示されてはいるが誰を選べばいいのか分からない。お薦めというジャンルに表示されているサムネイルを見ていて、ある名前が目に留まる。
検索機能を使い配信者名で検索してみたが該当者は一名だけ。バス停で女の子が話していた配信者で間違いなさそうだ。二人が帰宅するまでなら視聴できると思った矢先、夕食を告げる華純の声がドアの向こうから聞こえてきた。
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