第30話 清楚なお嬢様と塩ラーメン

 翌日、なんとか学校には行ったものの、何もする気が起きなかった。いつもやる気ビンビンなんですかあなた? と問われれば当然ノーなのだが、本当に今日は身体を動かすのすら億劫だ。


 例えば授業が始まるときと終わったとき、先生に挨拶をするのに必ず立つのとか、移動教室のために歩くのとか。


 今日提出だったレポートの締め切りは守れなかった。初犯なので、「次から気をつけろよ」で済まされた。


 日頃の行いって大事なんだなと思いつつ、一生『良い日頃の行い』をできる自信がない。


 昼休みまでずっとこんな感じなので、ユカとナオにも心配された。


 ちなみに、ユカには昨日やり忘れたチョップをまだ喰らわせられていない。


「そんなに落ち込んでいましたら、ローズ姫も心配してしまいますわ」


 ユカは、今日は敬語を使う清楚系キャラでいくらしい。ちなみにローズ姫とはトンカツのことだ。


 『囚われのローズ姫を金の羽衣で包みし飛翔』というのは長いので、ローズ姫と略したのが私たちの間でトンカツという共通認識になっている。


「サノ。何もないわけないのは分かってるし、溜め込むのも良くないからさ、何があったか話してよ」


「ナオ……」


 いつでも頼りがいがあるナオにジーンと心打たれながら、私はポツポツ話し出した。


「実は、ある人と気まずくなってて……。最初は私が突き放しちゃったんだけど、でも、昨日面と向かって話すことができて、そしたらさ、もう……」


 昨日の、羽瑠の仕草、放たれた言葉。鮮明すぎるくらいに覚えている。


 もっと、逆光でかき消すことができたらいいのにと誰にか分からないが願った。


「ちょっとさ、まだ気持ちの整理もついてないから、本当にどうしたらいいのか分からないの。ナオたちもこんなに抽象的な話聞かされたってどうしようもないでしょ? だからほんと、気にしないで」


「サノさん……」


 清楚なユカが感極まった声を出す。対してナオはそっか、と落ち着いていた。


「まあ、またなんかあったら言ってね。いつでも話聞くから」


「うん、ありがとう」

 

「二人とも、あっさり塩ラーメンですね。意外ですわ」


 ユカは、清楚な口調になろうとも中身は変わらないらしい。



 帰りのホームルームが終わった後、ユカがちょんちょんと私の肩をつついた。


「サノさん、今日部活ないけど、一緒に帰りますか? 」


「ごめん。今は一人になりたいから。今度一緒に帰ろう」


「わ、わかりましたわ……」


 ショックそうな顔を隠ししれない、自称清楚系女子ユカ。


「えっと……、やっぱ一緒に帰る? 」


「大丈夫ですわ! わたくし、一人で帰るのが趣味ですの! 」


 珍しい趣味をお持ちの清楚系お嬢様はそう言って駆け出し、ドタドタ足音を響かせて颯爽と帰っていった。


 心優しいお嬢様様である。


 私はゆっくりとバッグに教科書を詰めて、誰にも介入されない一人の帰路についた。

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