第29話 オオカミ
途中から相田さんも加わってメグみんと三人で話した。けっこう盛り上がった。
コーラを飲み終わって、それじゃあ解散ということになると、羽瑠は早足で、真っ先に一人で教室を出ていった。
「ありゃりゃ、なんか用事でもあんのかな」
のんびりと、ストラップやバッジがたくさん付いた通学用リュックを背負いながら、メグみんが言う。
「ごめん! 私も先行くね! 今日は誘ってくれてありがとう! 」
「サノちこそ、急に誘ったのに来てくれてありがと~! 」
メグみんと相田さんに手を振ると、羽瑠に追いつけるように最初は早歩きで、それは次第に速くなって、最終的には走って羽瑠を探す、。
「羽瑠! 」
ようやく靴箱のところで彼女に追いついた。ローファーを履こうとする羽瑠の横顔に声をかける。
何かの葛藤があったのか、数秒後、羽瑠はしぶしぶといった感じでゆっくりと顔を上げた。
「‥‥‥なに」
なにと言われると困る。私はただ羽瑠と話したいだけだから。
「バレンタインに交換したお菓子、美味しかった? 」
聞いたってあんまり意味がなさそうな質問をした。
「‥‥‥美味しかったよ。でも、あれマフィン自体は友達と作ったんでしょ? 」
「うん」
羽瑠は斜め下を見る。まるでそこに気持ち悪い虫がいるみたいに睨む。
「私からも、一個質問いい? 」
羽瑠は人差し指をピンと立てて、私を指差した。羽瑠の後ろから太陽が差して、羽瑠の顔を見えなくする。細いシルエットだけ浮かび上がって、神々しくさえ見えた。
「あまかわにとって」
羽瑠は、私をマカと呼ばなかった。二人だけの秘密が消えたみたいだ。私たちの今までがなくなったみたいだ。
「私はなに? 」
私にとって、羽瑠はなに? 質問を頭の中で繰り返して、当たり前のことを聞かないでほしいと思った。
「羽瑠は、私にとって大切な友達だよ。今までも、これからも」
「じゃあなんで! 」
羽瑠は苦しそうに叫んだ。ローファーは履かずに踏みつけて、夜のオオカミのように吠える。
「簡単に突き放すの! 何でこうも上手くいかないの! 何で私たちは離れていても、隣にいても苦しいの! 」
「苦しくなんかない! 離れていて悲しいことはあっても、羽瑠の隣にいて、苦しいことなんてないよ! あるわけ‥‥‥」
ない、と言い切れなかった。あれ、私ずっと、苦しかった‥‥‥?
封印したはずの感情がムクムクと湧いてくる。私は結局、序章を終わらせられなかった。舞台の幕を閉じたまま、放置していた。
気づけなかったわけじゃない。否定し続けた。自分の感情を殺し続けた。
男の人同士が抱き合った漫画の表紙は、吐き気がするほど気持ち悪かった。なのに。ねえ、これはなに。
「ねえ、あまかわ。今あなた、すっごい不細工」
羽瑠は踏みつぶしていたローファーに足を詰めた。
「そんな顔見せないでよ、じゃあね」
すぐに羽瑠の姿は見えなくなった。私はその場からしばらく動けなかった。
歩き方すら忘れた気がしたが、意外と体は活動することを覚えていて、いつの間にか私は見慣れた駅に着いていた。
鉛を食べてしまったような気持ちのまま電車に乗った。
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