第28話 7人

 相田さんは羽瑠たちへ買い物バッグを渡すと、その場に座り込んだ。


 私もそっとバッグをその場に置き、相田さんの隣に座らせてもらう。相田さんが文句を言った。


「天川さんが買い出し付き合ってくれたから何とかなったけどさ、すんごい重かったんだからね。私と天川さんに感謝してよー」


「おーすごーい」

「ありがとー」


 謎の拍手が巻き起こる。ただ一人、羽瑠だけが信じられないような目をしていた。


「そんで、天川さんも一緒にコーラ飲もってことになったの。いいよね? 」


「もちー」

「大歓迎ー」


 また、謎の拍手が巻き起こった。


「では早速、頑張ったウチらを労わって! カンパーイ」


 グループの中心人物っぽいリサが乾杯の音頭をとって、コーラのペットボトルを天井に向かって突き上げる。


 カンパーイと声を合わせて、他の6人もコーラを掲げた。


 その頃には、文化祭の準備をやっていた人たちはおおよそ帰っていた。ユカにチョップをするのを忘れたな、と思いつつも、明日でいいかと先延ばしにする。


 相田さんは別の子と話してしまっていて、羽瑠も私と目が合わないので、手持ち無沙汰でコーラをちびちび飲んでいると、前髪を真ん中で分けた、部活で先輩風吹かしまくってそうな雰囲気の子が話しかけてくれた。


 たしか、名をメグミという。


「天川ちゃん何気に絡むの初だよね。よろー」


「よ、よろしくお願いします! 」


「そう固くならんでよ。お気楽にいこ〜」


「お、お気楽に……」


 知らない人だらけの集団にポツンと急にまじって、どうやってお気楽になれるのだろうか。


「難しくないよ〜。ほら、例えば私を動物に例えるとしたらどんなんなる? 」


「え? ええっと……」


 難しくないよと言われた割には、いきなり難しい質問がとんできた。


 その動物っぽいと思った理由まで述べるときに、失礼にならないようにしなければいけない。


 そもそも単純な形容詞と違って、動物にはどれが良くてこれが悪いとかないから、なかなかチョイスが難しいのだ。


「ハシビロコウ、かなあ」


「ハシッ!? 」


 メグミさんは謎の奇声を上げて、土下座をするように床に倒れ伏した。


「だだだっ、大丈夫っ!? 」


 メグミさんの肩が小刻みに震えていることから、おそらくハシビロコウが何かのツボにハマったのだと思われる。


 どこにあるツボなのかは分からないが。


「え、ちなみに私のどこら辺がハシビロコウに似てるん? 」


 なおも肩を揺らしながら、メグミさんが尋ねる。


「え? 雰囲気、みたいな……」


 それを聞いて、メグミさんが声を上げて笑い始めた。顔を上げると、目尻に溜まった涙を拭って言う。


「もー、そんなこと言われたの初めてだよ。ハシビロコウって……。実際話してみると、天川さんって思ってたより100倍おもろい」


「あ、ありがとう‥‥‥? 」


「うん。やっぱりね、羽瑠が言うだけあるのよ」


 今まで避けてしまってた羽瑠の名前を、今日だけで人から二回も聞いた。


「……そんなに面白いって言ってくれてたの? 」


「うん。もうね、ほんとに話さなきゃ損だよって言ってた。羽瑠、天川ちゃん大好き症なんよ。最近おさまってきてるけどね」


「そっかあ」

 

 羽瑠はリサと話していて、私がその横顔を見ていても目は合わない。胸に深く沈み込むような寂しさを覚えながら、コーラをすすった。炭酸が口の中でパチパチと弾ける。


「そうそう。で、なんでこんな質問したかっていうと、私をハシビロコウだと思って話せば、緊張薄まるんじゃないかなってこと。動物相手に緊張しないでしょ? そうやって、全員を動物に例えてみれば、ちょーリラックスできる! 」


 かんぺき! とメグミさんは親指を立てて、前に突き出す。


「そうだ。私のことはメグみんって呼んで。みんなからもそう呼ばれてるんよ」


「はい。メグみん」


 忘れないように頭の中のメモ帳にメモっておく。次会ったときメグミさんとか呼んでしまったら気まずいやつだ、これは。


「天川ちゃんはなんて呼ばれてるん? 」


「えっとー、仲いい友達からはサノって呼ばれてる」


 羽瑠からマカと呼ばれていることは言わなかった。羽瑠は言ったのだ。『私だけが呼べる名前』と。


「へー。じゃ、サノちって呼んでもいい? 」


「サノち? どうぞどうぞ、お好きに呼んで」


 なぜ『ち』が付くんだろうとは思ったが、深く考えないことにする。


「じゃあ、これからよろしくね、サノち」


「こちらこそよろしく、メグみん」

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