第23話 秩序

 沈み込むように自分の席に着いて、もう今日は帰りたいだとか考えていると、廊下から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「桐乃ちゃーん! おおい、桐乃ちゃんいるー!? 」


 来未だった。今人と話したくないんだけど、と思っても仕方がないことを思う。


 とはいってもあまり目立ちたくないので、すぐに立ち上がって来未の元へ行く。彼女は何か怒っているようで、腕を組み、頬を膨らましていた。


 後ろにはナオもいて、来未ほど露骨ではないが少し機嫌が悪そうだ。


「どうかした? 」


 尋ねると、来未はマシンガンを乱射するみたいに一気にまくしたてた。


「あのね、聞いてよ! 昨日一緒にお弁当食べた子たちいたじゃん? なんかさ、今日無視されるの! 話しかけても何も答えてくれないし、私なんかいないみたいにどっか行っちゃうし! これって無視だよね!? 」


「そ、そうかもね‥‥‥」


 女子トイレでの会話を聞いていたので、特別驚きはしない。


「だから私、その子たちとちゃんと話がしたいから、それを桐乃ちゃんに手伝ってほしいの! 」


「え、ええ‥‥‥? 」


 正直嫌である。あの子たちのやっていることは確かにひどいことだが、話し合いで解決するもではない。


 逆に今は無視だけで済んでいるが、下手に何かすればもっとエスカレートすることだってあるのだ。


 それをどう、この純粋すぎる少女に伝えればよいのだろうか。ぼんやりする頭で考える。


 とりあえず、頼れる友達に助けを求めた。


「あの、ちなみにナオはどういう立場なの? 」

 

 ナオはずっと、来未の後ろで嫌そうに立っている。


「私も同じこと頼まれてさー、反論してたら話が平行線になっちゃったから、じゃあもうサノに決めてもらおうって思って。サノが手伝うなら私もちゃんと付き合うし、手伝わないなら私ももうこの件に関わらないってことで」


「な、なるほど」


 責任重くない? と思った。


「ちなみにユカは? 」


 まだ学校に来ていないユカに責任を分散させようとするが。


「ユカはフラーッと流されそうだし、ジャッジを任せるにはちょっと不安だなーって思って」


「うーん確かに」


 これには私も全面的に納得してしまう。


「分かった、とりあえず場所変えない? 」


「えー? なんで? 楽しいから? 」


 なぜか一番状況を分かっていない来未。


「いいから」


 ナオが引っ張ってくれたので助かった。


 ある程度人気のないところの廊下まで行って、話を切り出す。とりあえず、話をするのは無駄だと納得してもらう必要があった。


「そのさ、無視してくる子たちと話したってどうにもならないよ。その子たちは楽しんでるだけだし、諦めて他の友達つくるのが良いと思う」


 だが、来未は突っぱねる。


「それじゃダメなんだって! それじゃあいくら友達を増やしても、『全員と友達』じゃないじゃん! 」


「そこ、そんなにこだわらなくてもいいんじゃない? 」


「大事だよ! 一番大事! 」


 ひたすら全員と友達になることにこだわる来未。たしかに、これでは話が平行線にもなる。どうしたものかと思っていると、来未が顔を手で覆った。


「ああまた、まただよ。また失敗するよ……」


 俯いて何かブツブツ呟いて、次に顔をあげたときには、怒りが私に向いていた。


「ねえ、桐乃ちゃんはさ、色んなことに向き合うのが怖いだけでしょ? あの子たちにも、怪傑しなきゃいけない理不尽にも。それってすごいダサい。ダメだよ、私たちはニンゲンなんだから、ちゃんと言葉を使って話さないとダメだよ」


「でも、肝心の相手が最初からその対話をする気がないから、今回は諦めた方がって‥‥‥」


「そう考えるのはただの逃げだよ! 最初から全部諦めてる! なんにも挑もうともしない! 結局自分を守りたいだけでしょ? そんな上っ面だけで、なんにも───────」


「もういい」


 突然横から響いた思いのほか低い声に、来未の私を責め立てる声が止まった。


「私たち、協力しないから」


 ナオは、氷のような瞳で来未をバッサリ切り捨てる。私の手を掴んで、もう行こうというように引っ張る。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 話をしようよ! そうやって背を向けるだけじゃずっと‥‥‥」


「歩み寄ろうとしないのはあんたの方だろ。今後一切私たちに関わんな」


「ちょ、ちょっとナオ‥‥‥? 私がジャッジするんじゃ‥‥‥」


「知らん。行くよ、サノ」


 本格的に腕を引っ張られて、引きずられるようにして再び教室前の廊下に戻った。


「あー、イラつくわアイツ。協力しろとか言うくせに、意味分かんない思想だけ押し付けてきて。サノが歩み寄ろうとしても、結局最後まで自分勝手じゃん。挙句の果てにサノのこともバカにするし」


 一通りブツクサ言い終えると、何も言わない私を不満げに見る。


「サノも怒っていいんよ」


「いや、私は来未が言ってること全部が間違ってるとは思わないし……」


「えー、サノ優しすぎ」


 ナオはげんなりした顔で言った。


 でも、来未の自分の軸をちゃんと持っているところは嫌いじゃないし、彼女のの叶えたいことは理想論としては間違ってないのだ。


 理想が丸裸のままだと社会の中で適応しようがないだけで。


 でも、すでに秩序ができあがった社会の箱庭の中で、純粋な正義をただただ押し通すような主張はたしかに馬鹿だ。


「えー、じゃあサノはまだ来未に協力する気あるの? 」


「いや、ない。ないし、関係性も友達というよりかは、話しかけられたらほんのり会話するくらいの仲を希望」


「なんやねん」


 だって私もれっきとした箱庭の住人である。この箱庭の中で少なくともあと二年弱は生きていくしかないのだから、その中の秩序に従うのが賢いやり方というもの。


 それが生きやすさというものだ。




 

 


 

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