第22話 美しい怪物

 次の日、何だか気の抜けた感じで電車に乗ると、奥の方にギターケースを背負った羽瑠を見つけた。何だか随分と久しく感じる。


 新学期初日に言葉を交わして以来、羽瑠はずっと人に囲まれていたので、私が話しかける隙もなかったのだ。


「久しぶり、羽瑠」


「マカ! 久しぶり! 」


 羽瑠は以前より身振り手振りが大きくなった。今も、私に手を振る動作はいかにも元気いっぱいを表している。


 以前と背丈はそんなに変わらないのに、随分と短くなったスカートと、膝の起伏が顕になった白くて細い足を見て苦しくなった。


 場違いにも、足の形が綺麗だな、なんて思ってしまう。


 それでも、羽瑠だけが使うマカという呼び名が無性に嬉しかった。


「文化祭で演奏するんだよね。やっぱり練習大変? 」


「うーん。大変って感じはしないかな。ギターやるのやっぱ楽しいし」


「そっか。いいね」


 やっぱり羽瑠は羽瑠だ。安心して俯くと、言葉が重力に引っ張り出されたみたいに出てきた。


「羽瑠さ、最近すごい充実してそうじゃん」


「まあね、おかげさまで。でも、マカと話す時間が少なくなっちゃって悲しいよ」


 きっと、心の底からそう思っているわけではないんだろうなと思いつつ、単純な私はつい心のどこかで喜んでしまう。


 そんな自分が情けない。


「またまたー。そんなこと言っちゃって」


 何とか冗談めかして返した。


「本当だって。良かったらさ、マカも私たちのグループ来てよ。リサたち、話してみると楽しいよ。お昼とか一緒に食べようよ」


 ふと、昨日トイレで聞いてしまった会話がよみがえった。


「誘いは嬉しいけど、私がいたら空気壊しちゃうよ」


「そんなことないって! マカがいた方が楽しいよ! 」


「そりゃ、羽瑠がそう思ってくれるのは嬉しいけど」


「そうだよ。言ったじゃん。マカはすっごい面白いって。だから……」


 羽瑠の目はいつだって真っ直ぐだ。あの日も、今このときも。蝶が羽ばたくみたいで綺麗だ。


 でも、だからこそ。踏み出せない私は、立ち向かえない私は、壊れそうで、壊しそうな、脆すぎる私は。


「ちがうな……」


 まとまらない言葉を何とか形にしようと呻く。


 私とあなたは、同じ場所に立つべきじゃない。


「ごめん。私は……違うみたい」


 羽瑠は、面食らったみたいに私を見た。私が言ったことを噛み砕いているみたいだ。


 十数秒後、電車が学校の最寄り駅についた。


「……ごめん、先行くね。羽瑠はバスでしょ」


 本当は改札を出るまで一緒にいたっていいのに、自分から羽瑠を突き放してしまった。そんな自分が嫌だけど、心は止まらない。


「え、ちょっと! ねえ待ってよ! 」


 引き止めようとする羽瑠を置いて、人の流れをかき分けて電車から下りた。ほとんんど駆けるように階段を昇った。乱暴に改札を通って、駅を出てからは人の目を気にせずめちゃくちゃな足取りで走った。


 いくら呼吸が乱れても、顔から液体が染み出しても、それはひたすら走って疲れたせいにした。


 さすがにひどい顔だったので、教室に入る前に気持ちを落ち着かせてからにした。


 真っ先に、先に教室に着いていた羽瑠を見てしまう。羽瑠は、もう一人で音楽を聴いていない。楽しげに語らう横顔が憎い。


 羽瑠は、もう私が手に負えないくらいの美しい怪物だった。





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