第8話 マカのおかげ
「ねえ羽瑠。今日一緒に帰らない? 」
今日は、私から羽瑠を誘った。
「いいよー」
羽瑠は軽快な返事をよこした。彼女は、いつも帰りのホームルームが終わる頃には荷物を全てカバンの中に仕舞っている。
そのおかげで、帰宅部の私より帰宅スピードが速いのだ。
私と羽瑠は、今ではたまに一緒に帰るような仲になっている。軽音楽部は割とゆるいので、毎日活動があるわけではないらしい。
私もなるべく素早くカバンに荷物を詰めると、二人並んで歩き出した。少し下にある、羽瑠の横顔を見る。ずっと彼女に聞きたいことがあった。
「ねえ、羽瑠ってさ、その……堺くんのことが好きなの? 」
「えっ? 」
羽瑠が驚いたような声を出した。不思議そうに、こてっと首を傾げる。
「それって恋愛的な? 」
「うん」
「いや、ない。まじでない」
羽瑠は即座に否定した。
「ほんと? 」
「ほんとだよ! 何でそんなに疑うのー」
困ったように眉をひそめる羽瑠に、私は言い訳をするように言葉を並べ立てた。
「だ、だって羽瑠、いつもそんなに人に話しかけるタイプじゃないじゃん! なのに、堺くんにはめっちゃ話しかけてて‥‥‥! そりゃ疑いたくもなるよ! 」
何だか束縛系彼女みたいな面倒くさいことを言っているような気がして、どんどん顔が熱くなっていく。
「まあ確かにそうか。うん、そうだよね」
羽瑠が納得した表情を見せてくれたのでとりあえずほっとした。
「あのね、マカのおかげなんだよ」
あまりに突拍子もないことを言うので、自分の耳を疑った。
「え? わ、私のおかげ……? 」
「うん、そう。マカのおかげ」
羽瑠は大きく頷いた。
「私さ、今まで人と話すのってつまんないなって思ってたの。言葉のやりとりなんてさ、上手に人に共感して、我慢して褒めあうゲームじゃんって。そして、そのゲームのルールから外れたら排除されるんだーって」
私は驚いた。羽瑠が今までそんな風に思ってたなんて。
「だけど、マカと話してみて思ったんだあ。人って面白いじゃんって。共感ばっかりじゃなくても楽しいんだって。だからさ、マカには感謝してるんだよ。人の面白さを、知れば知るほど大好きが増えることを教えてくれたから」
私はなにも言えなかった。
羽瑠は知っているのだろうか、知った先に増える不安を、受け止めきれない大嫌いを、まっさらな羨望を、光に沈むたび浮かび上がる醜い自分を、それを直視できないことを。
「それはよござんしたね」
やっと口を開いて、なるべく軽くなるように絞り出せた言葉はそんなだった。
「急な江戸っ子? 」
やっぱりマカって面白いな、と笑う羽瑠。ふいに、私はいつまで羽瑠にとって『ただの面白い人』でいられるのか、という不安に駆られる。
いつか、この関係を私が壊してしまいそうで怖い。少し間違えれば、隔てられた一歩を犯してしまいそうな気がして怖い。
鋭く差す西日が私たちの背中を押して、早く帰れと急かしているようだった。
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