第6話 隣の席の堺くん
結局私の体力は変わらないままなので、ゼエハア言いながら教室に入る。すでに席に座っていた羽瑠と目が合った。
羽瑠が首を軽く傾げて笑ったので私も真似しようとしたら、首を寝違えた人みたいになった。
それを見た羽瑠はガバッと机に突っ伏す。必死に笑いを堪えようとしているのが分かった。肩が小刻みに震えて、近づいてみると時折笑い声が漏えている。
ひとしきり笑い終えると、羽瑠は顔を上げて目尻に溜まった涙をぬぐった。
「私、人と話しててこんなに面白かったの初めてかも」
「えー、さすがにないでしょ。私ごときで」
「そんなこと言わないでよ。マジだって」
振り向いて私の顔をみるとさっきの光景を思い出したのか、羽瑠はまたツボりだした。
「決めた。私、一生さっきのマカいじり続ける」
「一生かけていじり倒すもんじゃないって、絶対」
「ううん。そんなことない。いじり倒す価値を感じる」
どうやら本気でそう思っているらしい。羽瑠は私の顔を見て笑い、おさまったと思ってもまた目を合わせたらツボり、を繰り返す。
いつのまにか教室に入ってきていた担任が朝のホームルームを始めた頃、やっと羽瑠の笑いは止まった。
一時間目の授業は英語。隣の人同士で英語の文章を音読する。
私がメアリー、隣の席の堺くんがジョンの役をやった。
彼の眼鏡のレンズの奥には理知的な光が宿っている。英語の発音がいいことからも、彼の頭の良さがビシバシ伝わってくる。
堺くんと英語を読み合っていると、自分の発音のカタカナっぽさが際立ってなんだか悲しくなってくる。
そりゃ、堺くんは何にも悪くないんだけど。
いくつか発音がよく分からないところがあったので、そんなところはモゴッと誤魔化しつつ、つつがなく英語の授業を終えた。
疲れたので、長く響くチャイムの余韻を感じつつ、軽く目を閉じた。寝るわけじゃないけど、目から入ってくる情報が遮断されるだけでも脳はだいぶ休まると聞く。
だけど、そんな私の小休憩は突如聞こえた声によって壊された。
「ねえ、堺くんってさ、めっちゃ英語の発音良いよね。なんかやってたの? 」
羽瑠の声だった。心臓が跳ね上がった。
頭の中を疑問符が満たした。
羽瑠はいつも人に話しかけるタイプじゃないのに。どうして急に、私以外の人に話しかけるの?
というか、堺くんの英語の発音が良いなんてなんで分かるの? 堺くんがよっぽど大きい声で話してない限り、前の席にいたってわざわざ注意して聞いてないと分かんないよね?
なんでなの? どういうことなの? まさか、堺くんのことが―――――――
まとまらない思考が渦のようになって私の中をグルグル周り続ける。おかしい。こんなの。
「えっと、小学生のとき英会話教室に少々通っていましたね」
堺くんは声に多少の戸惑いを滲ませながらも、律儀に答える。そんなにちゃんと答えなくていいのに。適当にあしらってよ。
「へぇ〜」
羽瑠の声はウキウキと弾んでいて楽しそうだ。目は開けなかった。
きっとそこにいるのは、決して人とつるまなかった一匹狼の羽瑠じゃない。私が初めて話した羽瑠じゃない。
私が知らない羽瑠だ。
どうしようもなく怖い。なんでか分からない。
なんでこんなに動悸が激しいのかも、私のどこからこんな感情が湧き上がってくるのかも、分からない。怖い。
だって、友達が人に話しかけるのを見ただけで、こんな感情になるのだって変だ。それは分かってるけど。
「じゃあ、得意科目は英語なの? 」
「そうですね。国語などは少々苦手なんですけど、英語はそこそこできる方だと思います」
会話のキャッチボールを続ける二人。胸がざわざわするのを止められなかった。
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