第5話 ギターケース
次の日、羽瑠は電車で、私たちが初めて挨拶した日と同じところにいた。前と違うのは、彼女が背中にギターケースを背負っていること。
「おはよう、羽瑠」
電車内で、自分からクラスメイトに話しかけるのは初めてだ。ナオは家が高校と同じ市内にあるのでチャリ通、ユカは別方面の電車に乗って学校に来るから、同じ電車内で会うことはない。
「おはよ」
羽瑠はイヤホンを耳から外した。相変わらず素っ気なくはあるが、初めて話したときよりちょっと関係性は進展している気がする。
「羽瑠って軽音楽部だっけ? 」
ギターケースは使い込まれている感じがする。
「うん。文化祭のとき体育館でライブやってたよ」
「うわ、ごめん。それ見てないんだよね」
6月に行われれる文化祭のときすでにナオやユカとつるんでいた私は、シフトに入りつつ、暇な時間はお化け屋敷を見て回ったり、のんびりクレープを食べたりしていた。
体育館でやっている軽音楽部のライブ、存在は知ってはいたものの、ユカは大きい音が苦手で、ナオは人が集まる熱気が嫌いで、私は色んなことに無関心すぎたのでわざわざ足を運ぶことはなかった。
「次は絶対見に行くから! 出番教えてね!」
「オッケ」
羽瑠は親指と人差し指で丸をつくった。
「マカは何か部活やってるの? 」
会話を続けようとしてくれているのか、羽瑠がそう尋ねた。マカという呼び方はまだ慣れないなと思いつつも、二人だけの秘密の暗号ができたような気持ちになって嬉しい。
「私は帰宅部だよ。特にやりたいこともないからさ」
「へぇー、そうなんだ」
あ、やばい。会話が終わってしまう。
自分が話の広がらない答え方をしたために会話が途切れてしまうのは嫌だったので、しっかり働いていない頭をフル回転させて話題を絞り出した。
「そういえば羽瑠は、いつもこの号車乗ってるの? 」
あー、と考え込むように羽瑠は首を捻る。
「気分によって違うかな。毎日同じとこに乗ってるわけじゃないし、何曜日はここって決めてるわけでもない。なんとなく、朝ここって思ったとこに乗ってる」
「へえー、そうなんだ。すごい」
何がすごいのか、上手く言語化はできないんだけど、そういう自分の意思をしっかり持った自由な生き方が、私には眩しく見えた。
プッと羽瑠が吹き出す。
「ねえ、ほんとにすごいって思ってる? 」
「お、思ってるよ! 」
「みえなーい」
羽瑠は面白そうにクスクス笑う。そうしているうちに電車が学校の最寄り駅に着いた。
その駅で降りる人たちの流れに乗るようにしてホーム降り、駅の地味にキツい階段を昇る。
前を歩いていた羽瑠は先に改札を通り抜けて、次々に改札を出る人たちの邪魔にならないくらいのところで私を待ってくれた。
「マカっていつも駅から学校まで歩いてる? 」
「うん。バス代もったいないって親に言われて、仕方なく……」
学校から駅まではそこそこの距離があるので駅からバスに乗って行く生徒も多いが、私は部活に入っていないので運動不足解消のためにも頑張って歩いてる。
「そっか。じゃここで別れよ。流石に楽器持ってあの距離歩くのキツい」
「あ、確かにそうだよね」
残念だと思ったのが態度に出ないように気をつけて、私は笑顔を作った。そんな私に、羽瑠は手を振って言った。
「また教室で」
「……うん! 」
そっか、また教室で会えるんだと、当たり前のことに気づいて無性に嬉しくなった。
それだけで足に力がこもったようで、いつもより力強くコンクリートを踏みつけて歩き出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます