第13話 バレンタインデー
バレンタイン前日。ふと、私はひたすら丸っこいハートの描かれた、センスのないマフィンを抱えて考えこんでいた。
はて、このマフィンどうしよう、と。
えっとー、四つ下の妹、お母さんとお父さんに一つずつと、おじいちゃんとおばあちゃんはちょっと遠くに住んでるからわざわざあげに行くわけにいかないし、……その他渡す相手いないな?
ナオの家で、あの後お互いに飾り付けたマフィンを交換して食べたからナオとユカにもう一度渡すのも変だ。
「……」
皆さんお気付きかもしれないが、私にはナオとユカ以外友達と呼べるような関係性の人がいない。もちろん、クラスメイトの方々とは軽い雑談を交わしたりはするし、仲が悪いわけではない。
ただ、少なくとも手作りお菓子をほいっと渡すような間柄ではないと思う。そこまで色んな人と親密になれるほどの社会性を私は持ち合わせていない。
違う。もう一人いる。三学期になって今更新しくできた、私の『友達』。来年も、彼女と同じクラスになりたいと思えた。
「羽瑠、甘いもの好きなのかな」
独り言が、暖房で生暖かくなった部屋の空気に溶けて消えてった。羽瑠は甘いものが好きだと、そう信じて明日は学校に行くことにした。
朝、電車に乗る。いつも通り、羽瑠はイヤホンで音楽を聴いていた。音楽を味わう貴重な時間邪魔しちゃいけないと思い、声はかけなかった。
朝の、先生が入っくる前の自由な空気の教室。この時間なら行けると思ったのだが、羽瑠は昨日夜更かしをしたのか机に突っ伏して寝ている。
各休み時間。移動教室が多くて、羽瑠に落ち着いて声をかけづらい。
昼休み。ユカの、放課後に先輩にマフィンを渡すシミュレーションに付き合う。
目の前に憧れの先輩がいることを想定して空気にチョコを差し出すユカに、「もっと柔らかく! 」とか「思い切って内股でいっちゃおう! 」とかナオと二人でダメ出しして、最後には「「ユカなら大丈夫! できる! 」」と綺麗にまとめた。
時折、空気が羽瑠に見えて困った。
ユカは放課後、先輩を体育館裏に呼び出しているらしい。
ユカからは恥ずかしいから来ないでと言われているが、ぜひとも応援に行きたいので、その前に羽瑠にちゃんとマフィンを渡したい。
昨日、せめてラッピングだけは綺麗に、と思って百均で可愛い袋を買い、丁寧に赤いリボンを結んだ。
ラッピングをするつもりなかった家族の分のマフィンも可愛い袋に入れてリボンを結んで、一番よくできたやつを羽瑠用に今日持ってきたのだ。
家族にはいつになくクオリティの高いお菓子と丁寧なラッピングに驚かれ感謝されたが、それだけで終われない。私は、絶対に羽瑠にマフィンを渡さないといけない。
ギリギリまで話し込んでしまってので、机を元通りに直している途中にお昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
慌てて席に着いて、号令と共にまた立ち上がる。5時間目は歴史総合の授業をやったけど、いつもと違って眠くならなかった。
授業が内容は頭に入っていってる感じはしない。頭の中心が妙に冷えているようだった。
六時間目もほとんど同じ。
担任がのっそり教室に入ってきて短めのホームルームが終わると、ユカが勢い良く立ち上がったのが見えた。
少しタイミングが早すぎたので、クラス中の視線が集まる。
ユカはそんなこと気にしている場合じゃないのか、顔を真っ赤にしながら教室を飛び出していった。
図書委員の先輩に告白しに行くんだろう。勇気を出して。
教室にいつものざわめきが戻った頃、ナオもよっこらせと立ち上がる。
私を振り向いて、一緒に行くか尋ねるように首を傾げた。私たちはユカの告白を見守るという、何とも勝手な使命に燃えていたから。
だけど、私は少し悩んでから横に首を振った。ナオはへえ、と面白そうな顔で頷いて、足早に教室を出ていった。
羽瑠は、まだ教室を出ていない。
渡すなら、今だ。
深呼吸をして、拳を握りこんだ。マフィンを入れた紙袋を慎重に手に取った。
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