第10話 縁のない人生

「わちきは大ピンチなのじゃ……」


 ある日、ユカが珍しく深刻そうな顔でぼやいた。

 

「どうしたの? 」


 尋ねると、ユカは頭をかいて、いやはや、と切り出した。


「もうすぐバレンタインデーじゃろ? 」


「……そういえばそうだね」  


 バレンタインに縁のない人生すぎて、その日付を思い出すのに数秒要した。


「チョコってどうやって作るのじゃ? 」  


「え、ユカ、チョコ作ったことないの? 」


「わちきは花街で育ったゆえ一度も……」

 

 どうやら、ユカもバレンタインとは縁のない人生を歩んできたらしい。


「サノ殿は、その、色々と経験豊富そうだなって思ったのじゃ……」

 

 そこで顔を赤らめるのやめて?? そして、その豊満な胸を持ち上げるのやめなさい。 


 私はユカの想像しているであろうなんやかんやを否定するため、大きなため息をわざとらしく一度吐いておいた。


「まあ、作ったことなくはないけど……。小学生の頃友達にあげた程度だよ? 」

 

「ホントなのじゃ!? チョコってどうやって作るのじゃ!? 」

 

「やー、どうやってって……。レシピ見ればいいだけじゃない? 」


 途端にユカがうらめしそうな顔になった。


「レシピを見ただけで完璧に作れるなら、この世にお料理苦手な人間は存在しないと思うのじゃ」


「まあ、それはたしかに」


「えー、じゃあさ」


 それまで、横で面白そうに話を聞いていたナオが口を開いた。

 

「今度の日曜うち来ない? 私お菓子作りはそこそこ得意だから、なんか一緒に作ろうよ」


「いいのじゃ!? 」


「もちろん」


「神なのじゃ〜! ありがとなのじゃ〜! 」


「あ、その代わり―――――」


 ナオがニヤリと口元を歪めた。


「誰にチョコをあげるのか、どうしてあげたいって思ったのか。詳しく聞かせてね〜」


「の、のじゃ……」


 ユカがやられた、と言わんばかりに目を彷徨わせる。


「楽しみにしてるよ〜」


 いつだってナオは抜かりない。


 


「つっつっつつついにこの日が来てしまったぜ……✩」


 バレンタインデー前の日曜日。私たちはナオの家の前でガチゴチに緊張して立っていた。 


 なにせ、私は人の家になんて滅多に上がらない身の上。しかも、なんか異様にオシャレなのだ、ナオの家。


 まず、私たちの目の前には簡易的な門と思しきものがある。私の胸くらいまでだけど、なんかの花? が透けてるみたいな模様で異国の風感じる。

 

 家は全体的にブラウン調で整えられている。でも決して地味じゃない。


 2階からの窓から飛び出しているのはパンツが干されたベランダではなく、少し外に出られる仕様になった小さなバルコニーのようなもの。 


 庭に植えられた名前も知らない植物たちはめいめいに枝を伸ばしながらも、きちんと手入れが行き届いて整えられている。


 花壇に植えられた花が全体的に落ち着いた雰囲気に彩りを加えていて、家全体を華やかにしているようだった。


「ぜっぜぜぜぜぜぜ✩」


 緊張して振動するユカは、今日に限っていつも以上に語尾がおかしなことになっている。


「い、行くよ! ピンポン押すよ!? 」


「ラ、ラジャ! 」

 

 ピンポーン。


 意を決してインターホンを押すと、思いのほか大きく高く音が鳴った。   


 バタバタと急ぐ音がオシャレな家に響くと、すぐにドアが空き、シンプルな服を着たナオがひょっこり顔を出しす。庭に敷かれた石を踏んで、門を開けてくれた。


「いらっしゃ〜い。上がって上がって〜」


「お、おじゃまします」


「おおおおじゃましちゃうぜ✩」


 玄関で靴を脱いでいると、ナオのお母さんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい。いつもなおと仲良くしてくれてありがとうねえ」


 やや毒舌なナオと違って、のんびりした感じの優しそうな人である。


「いえ、こちらこそナオにはいつもお世話になっております! これ、ほんのお気持ちです! 」


 私が、場所を使わせていただくのだからと持ってきた手土産を渡すと 、続くようにユカも紙袋を差し出した。


「私からも、ほんのお気持ちです! お口に合うか分かりませんが、良かったら! 」


 ユカは、節度のある厨二病である。


 頑張ればクセのある語尾をとっぱらって普通に話せるらしい。普通の話し方をするたび、「疲れたのだ」と嘆くのだが。


 学校でも、先生と話すときや、委員会だとかの公的な場では至って普通の話し方をしている。


「あらあらいいのに」


 そう遠慮しながらもナオママは「ありがとねえ」と紙袋を受け取ってくれた。


 一番緊張する、『友達の家に上がってお母様にご挨拶する』という関門を抜けられたので、達成感が満ち溢れた。


「ところで、今日はなに作るの? 」


 私はナオにきいた。最低限必要なものはみんなで相談して持ち寄ってきたけど、何を作るかは、家主であり一番のお菓子作り経験者に任せることとしていた。


「よし、では発表していきます! 」


 デュるるるルルルルるん、とユカが勝手に効果音をつけた。


「でん! 」


「ココアマフィンを作りましょう! 」


「「おー! 」」


 特に理由はないけど、ユカと二人同時に歓声を上げて拍手した。


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