第3話 席替え

 私は手を組んで、いつもは信じない神に今だけ祈っていた。教室にはざわめきが満ちていた。


「順番にくじ引いてけー」


 そんな空間に担任の声が存分に響いた。今日は席替えがある。あのうるさ……賑やかなグループともこれでおサラバになることを祈る。


 先にくじを引いた方たちはそれをお互いに見せ合い、「うえ~い! 近いじゃ~ん! 」とか「うわ最悪一番前かよ!! 」「飯野どんまい」「日頃の行いだな」などと話している。


 ドキドキしながら私もくじを引くと、『28』と書いてあった。座席表と照らし合わせてみると、窓際から2番目、前から4番目の席だった。


 位置的にはまずまずといった感じだ。あとは周りのメンバー次第……。


 前回は後ろの方の席だったことを喜んだのも束の間、ナオやユカと席は離れるわ、賑やかグループの中心人物っぽい人が近くにいたので人口が集中するわで散々だったから、ぬか喜びしないように気をつけなければ。


 新しい席に座って、注意深く周りを伺う。


 左隣を見た。共にペア学習を乗り越えていく相手は大人しめで、おそらく頭の良い男子だ。自分の頭の悪さが際立って切なくなるかもしれないが、分からないことはとことん頼ろう。


 右隣も男子。中学生ノリが抜けてなくてダル……楽しい人である。ペア学習を共にすることはおそらくないので安心安全。


 前の席は鈴村さんという女子。ほとんど背中を覆う長い髪の毛が目を引く。前後の席の人なんてプリントを円滑に回すためだけの関係だから基本的に誰であっても構わない。


 後ろの席は、振り向いて目が合ったら気まずいので後で確認しよう。


 えっと、左斜め前は───────。


 思わず息を呑んだ。心臓が、うるさいくらい大きく鳴った。


 窓から射し込んだ太陽の光が、彼女の艶やかな黒髪と滑らかで繊細な首すじを照らしていた。


「八坂さん……」


 その名前を口にするだけで、どこか特別な気持ちになった。


 ん……? 口に出す……?


「どうかした? 」


 ホームルームの途中だったから 彼女は音楽を聴いていなかった。彼女は怪訝そうな顔で振り向いた。


 そう、名前を呼んでしまったから。


 熱が一気に顔を這い上っていって、それを自覚してさらに恥ずかしさがこみ上げる。


「あ、いやあの呼んでみただけってゆうか! 別に用事があったとかじゃ……。あ、違う。えっ、あの……」

 

 何を言えばいいのか分からなかった。


 もうやだ。絶対嫌われた。絶対変なキモイ陰キャだと思われたじゃん。終わった。人生終了の鐘の音が聞こえる。


 脳内を自分の声で埋めつくさないといけない気がして、顔を隠すように俯いていると、フフッと静かな笑い声が聞こえた。


 顔を上げると八坂さんが、飛び立つ直前の蝶みたいな目を細めて、声を殺すように笑っていた。


 笑っている姿は初めて見た。目が離せないでいると肩を揺らす八坂さんと目が合った。


「ごめん。天川さん面白いなって」


 八坂さんは目尻に溜まった涙を拭う。もう一つ何か言おうとしたのか口を開きかけたけど、ちょうどそのタイミングで先生がクラス全体に指示を出した。


「えー、自分の座席は確認できましたかー? では、明日からその席で授業を行うので、間違えないように」


 コソコソと教室が「お前間違えんなよ」とか「お前もな」とか言い合う声で満たされたる。


「はーい。静かにー」


 先生もいつものことすぎて諦めてるのか、やる気のない声で注意した。


「きりーつ。礼! 」


 学級委員が号令をかけるのに合わせて、頭を下げる。


 三秒きっちりは待つことなく顔を上げると、目の前に八坂さんがいた。

 

「ねぇ、良かったら一緒に帰らない? 」  


「……う、うん! いいいいい、いいよ! 」


 まさか八坂さんから誘われるとは思ってなくて、驚きすぎておかしな声が出る。


 そんな私を見る八坂さんはやっぱりいつもどおりの真顔で、緊張なんかは全然してないみたいだった。


 よく見るともうバッグを肩にかけていて、すでに帰宅態勢である。


 私の帰宅準備ができるのを待っている。

 

「ご、ごごごごめん! すぐ準備するから、ちょっと待ってて! 」


 八坂さんの顔を真っ直ぐ見ることはできない。


 私は時折教科書やら筆箱やらを床に落としてしまいながら、慌ててスクールバッグに荷物を詰めていった。

 

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