第1話 遠い背中
2時間目終わりの休み時間、私、
なんでだろう。ずっと忘れられない。
今日は厄日だ。そうに決まってる。英単語の小テストは散々だったし、数学の授業は全然頭に入ってこなかったし。次の期末、やばいかもしれない。
だから、私のしょぼい脳の容量を食わないでほしいのに。八坂さんの表情が、目が、耳が、鼻が、全部が、頭の中に鬱陶しいくらい渦巻いていた。
私は一人頭を抱える。余計なぐちゃぐちゃを早く解決するために静かな部屋で瞑想とかしたいのに、この席は斜め前辺りがうるさい女子グループの溜まり場となってしまっているためあまり居心地が良くない。
「聞いてよ! うちの彼ピが〜」
「え! 何それ最高じゃん! うらやま〜」
そして、グサグサと、どうしても聞こえてくる彼女らの会話が耳に突き刺さっていた。 漫画だったら体から勢いよく血が吹き出しているんだろうなと思う。
彼氏なぞと私には遠い世界の話だ。毎日がとんでもなく充実してそうな方たちの恋愛話は耳に悪い。彼氏がいなくても困ることはないのだけれど、周りが恋愛してるのを羨ましくなることだっであるのだっ。
意味もなく、幼馴染の親友が彼氏できたと報告してきたときの衝撃を思い出した。
その報告を受けたとき、もうそんな時期なんだと思った。何より、自分以外の親友の友達がそれを聞いても大して驚かなかったことがショックだった。
自分が『みんな』から外れていく感じがした。
恋愛に興味がないわけじゃないけど、私は元々積極的に行動できるタイプじゃない。
小学生のとき同じクラスの男子を好きになったことがあったけど、付き合うとか現実的なことは上手く考えられなくて、結局片想いのまま終わったくらいだ。
だからその日、初めて親友が少し遠く見えた。イマイチ心を込められないままおめでとうを言った。
ずっと、何もかもが一緒だと思っていた。ランドセルの色も、生まれた星座も、好きな漫画も通う学校もずっと一緒で、ずっと変わらないと思ってたのに。
私は今でもありきたりな少女漫画が好きだけど、彼女は中学二年生くらいの頃からBLとやらにハマっていた。
当時彼女の家に入り浸っていたとき、いいからいいからと薦められて本棚に入っていたのを一度読んだことがあるが、どうにも良さが分からなかった。
なんなら若干、嫌悪を覚えた。
差別をしたいわけじゃないけど、本能的な拒絶と、常識を真っ向から否定された戸惑いが大きかったのもしれない。
「お前やめろよー!! 」
思い出に浸っていると、教室内に殊更大きな声が響いた。ここは動物園だろうか。
イラッとしたので、机の中に勢いよく手を突っ込んだ。そのまま中指を思いっきり立てる。おすすめのお手軽ストレス解消法だ。
深呼吸も取り入れて心をなんとか落ち着かせていると、教科書が手に当たった。現実的なことを考えなきゃいけないような気がしてきて、次の時間はなんの授業中だっけと思って顔を上げる。いつもは気にもしない窓際の一番前の席に目が吸い寄せられた。
八坂さんが座っている席だ。髪の間から覗く耳にイヤホンがはまっていて、音楽を聞いているのだと分かる。なんの曲を聞いているんだろう、と今度は明確に思った。
話しかける行動力なんて持ち合わせていなかった私は、頭を振ってすぐにその疑問をかき消した。
それでも、目が勝手に彼女を追う。教室で一人のとき寝たふりしかできない私と違って、彼女は一人、堂々と音楽を聴いてる。一人でいる自分の存在を、胸を張って肯定している。
その背中はものすごく偉大なものみたいに見えて、憧れと羨望が心を圧迫していた。
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