ハコニワダンス
はこいりな
序章か終章のどちらか
日常というのは、麦茶が半分入ったペットボトルよりはくだらないと思う。一人の女子高生の、極めて個人的な意見ではあるのだけれど。
例えば、毎朝決まった時間に起きる。ベッドが私を引き止めるけど、義務感が背中を押すから学校に行く。
規則的に揺れる箱の中で、流れる景色と何度見ても変わらない単語帳を交互に見たりして、ため息を吐く暇もなくホームに押し出される。
授業を受ける。眠い。内申を下げられないように、なんとかカスみたいな気合いを引っ張り出して起きてようとするけど、5時間目なんかは大抵気づけば意識が飛んでる。
授業が終わったらまっすぐ家に帰る。これは帰宅部の特権。でも、特にやりたいこともないからダラダラと時間を潰す。
風呂で体を洗って夜ご飯を食べたら、やっと宿題をやる。帰ってきてすぐやらないのは、明日までに終わらせなきゃって思わないとやる気が出ないから。就寝は、大体12時半くらい。
そんなくだらない自分を、今日もなんとか許容している。
高校一年、三学期の初日。
そこそこの身支度ができて、電車にも乗り遅れないで済むような時間に起きた。
冬休み明け、久しぶりの学校は面倒くさい。重いバッグに引っ張られるように気分も下に沈ませながら、家を出た。電車内は見事に通勤・通学ラッシュで座れないから、端の方に立つ。吊り革は掴まない。
電車通学を始めたての頃は掴まってないとバランスがとれなかったけど、今は慣れてきて上手い具合にコツを掴んだので、大抵吊り革には頼らないようにしている。
幼稚だけど、一種のゲームをやっているような感覚でもある。
そしてこのとき大抵、私は俯き加減で単語帳を見る。古文単語帳のときもあるけど、その日は小テストに備えるために英単語帳を見ていた。
こうやって俯いていれば同じ電車に乗ってるかもしれないクラスメイトに話しかけられることはない。こちらも気づかないふりをできるから、挨拶とかもしなくていい。
でも、今日は運が悪かった。
それはちょうど、単語帳を眺め続けるのに疲れて顔を上げたときだ。目の前に、つり目がちで切れ長な目が2つ並んでいた。
見覚えのある顔からその人の情報を引き出すのに、数秒かかった。
クラスメイトの
彼女はいつも一人でいた。
誰かと話しているのは見たことがない、ザ・一匹狼。もちろん私も話したことはなくて、声も彼女が授業中先生に当てられた時に発したのをぼんやりと記憶しているだけだ。
そんな八坂さんは、私を捉え直すように一度瞬きをした。私の方が背が高かったから、必然的に彼女を見下ろすような体勢になっていた。
ふと、電車が予期せぬところで大きく揺れた。ぼうっとしていた私は前方によろめく。
驚いて咄嗟に八坂さんがもたれているドアに手をついたら、彼女の顔が目と鼻の先にあった。互いの呼吸が聞こえる距離で、一瞬別世界に来たのかと思った。
「お、おはよう。八坂さん」
そのとき私はどんな顔をしていたのだろう。気まずすぎたのもあって、反射的に変なタイミングで挨拶をした。
「おはよ」
八坂さんは素っ気なく返して、眠るように目を閉じた。ウルフカットの髪が静電気で窓にペッタリくっつき、広がっていた。
彼女が、不安定な電車内で寝るという高等技術をかましていたわけではなく、耳に流れ込む音楽に身を任せていたのだということは、彼女の耳にスッポリとハマったBluetoothイヤホンですぐにわかった。
何を聞いているんだろう。
そう思ったか、それともそんなに興味がなかったか。今となっては思い出せない、というより割とどうでもいいことだった。
ここから展開されるストーリーにおいて大切なのは、私が彼女のやわらかそうな白い耳たぶからしばらく目を話せなかったことと、その日は英単語の暗記に全然集中できなかったこと。
たったそれだけだ。
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