魔力枯渇問題で部長のノウハウを見せつけようとしたらわからせられた件

@riragon

第1話 異世界へ落ちたサラリーマン

残業が終わった。やっと帰れる。デスクの上の書類を片付けながら、ふと目に入ったカレンダーに来週の予定が書かれていた。


「来週は子どもの参観日か」


つぶやきながら、スマホを取り出して妻にメッセージを送る。今日も遅くなるよ、と。四十五歳、佐久間誠一、中堅企業の部長として毎日がこんな調子だ。


エレベーターのボタンを押した瞬間、違和感があった。足元が揺れる。

地震か?と思った。


スマホが突然けたたましい警報音を鳴らす。


激しい横揺れが加わり、立っていられない。視界が真っ白になり、全身の力が抜けていき意識が遠のいていく。



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目を覚ますと、そこは見知らぬ森の中だった。


「ここは、どこだ」


体中が痛む。スーツはボロボロだ。怪我もしているようだ。会社に戻らなければ。いや、まずは場所を確認しないと。


背後からカサカサという音が聞こえる。振り返ると、見たこともない小動物がいて「うわっ」と思わず声を上げてしまった。


小動物も「ミャキ」と鳴いて逃げていった。


ウサギと猫を混ぜたような不思議な姿で、目は黄色く光り、白に青い斑点がある毛皮に耳は三つだった。


どうやら本当に見覚えのない場所に来てしまったらしい。


森の向こうに村のような建物が見える。とりあえずそこに行くしかないか。

破れたシャツから、たるんだ腹が見えている。


「はあぁ」とため息が出た。



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「聖人様が来られたぁー」

「聖人様が」


村に着くと、そんな奇妙な歓声が上がった。ボロボロのスーツ姿の私を村人たちが取り囲む。「聖なる衣をまとっていらっしゃる」誰かが叫ぶ。


どうやらこの世界では、スーツは聖人の正装らしい。


「すみません、ここはどこなのでしょうか」


白髭の老人がよろよろと前に出てきた。


「神の使いと噂される方ですな。我が村に降り立たれるとは光栄です」


言葉が通じるということに驚いが、何を言っているのかさっぱりわからない。とりあえず事情を聞くしかない。


村長の家で暖かい食事をいただきながら、私は徐々に状況を理解していった。ここは魔法が当たり前に使われる異世界。そして別の世界から来た人間は神の使いとして崇められるらしい。


「本当に転生者なの」


食事を運んできた少女が好奇心いっぱいの目で聞いてきた。茶色い髪に額にそばかすがある、活発そうな子だ。


「リセル、失礼だぞ」


村人が注意するが、私は苦笑いしながら答えた。


「何が何だかわからないんです。どうしてここにいるのかも」


集まった別の村人も「魔力を見せてください」と声を上げる。


どうやら私に魔法を使ってほしいらしい。皆の視線が集まる。期待に応えたいが何をどうすればいいのか。手の平を上げてみたり、指を動かしてみたり、必死に何かを起こそうとするが、何も起きない。汗が背中を伝う。


村人たちの顔に期待と好奇心が広がっていく。

その視線の重さに押しつぶされそうになる。


「ちょっと魔法とかは、わからなくて申し訳ない。」


あたふたと弁解すると、村人たちの顔に失望の色が浮かび始める。リセルと名乗った少女が指をくるっと動かすと、テーブルの上のろうそくに小さな火が灯った。


「ほら、ちょっと火をおこすぐらいなら出来るでしょう」


これが魔法か。どういう原理なんだろう。子供でも使えるというのに、私にはできそうもない。役立たずの転生者なのだろうか。


興味がなくなった村人たちは、ぱらぱらと離れてゆく。



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朝、村の入り口に立派な馬車が到着した。いや牛車かもしれないが、とにかく飾り立てられた紋章が目を引く。


「ファルコーネ公爵様が、転生者をお招きしたいとの仰せです」


公爵?この世界の権力者らしい。村長は「これは光栄です!ガハハハッ!」と喜んでいるが、私は不安になった。会社で急遽、役員に呼び出された時と同じ気持ちだ。


「おじさん、行くの?」


リセルが覗き込んでくる。


「何か事情を知る手がかりになるかもしれない。行ってみるよ」


馬車に乗り込む。リセルも「こんなチャンス滅多にないから!」と言って同行することになった。移動する馬車の中で、使者から公爵の話を聞く。


「我がファルコーネ公爵様は、この地方で最も強力な魔法を操る貴族です。領地も広大で、多くの民が暮らしております」


興味を持たれて光栄に思えとも言われたが、正直なところ落ち着かない。私に何を期待しているのだろう。私はただの会社員だ。魔法も使えない。



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公爵の城に到着した。門は高さ十メートルはあろうかという巨大なもので、通路を通って中庭に入るだけで十分ほどかかった。建物自体も威圧的な大きさで、自分が小さな存在に感じる。


城内は大理石の柱、高い天井、壁に飾られた絵画。西洋の古城のようだ。一つの部屋が日本の一般的なマンション全体より広いのではないかと思えるほどだ。


大広間でファルコーネ公爵と対面した。三十代半ばくらいだろうか。銀色がかった金髪を短く切り、貴族らしい優雅な衣装に身を包んでいる。


「神の使いである転生者にお越しいただき、感謝いたします」


格式ばった挨拶の後、公爵は本題に入った。


「ぜひあなたの神託をお伺いしたい。世界の危機を救う術を示すと我々は信じておりますので」


神託?断れば何が起こるかわからないが、正直に伝えるしかない。


「いえ、まだ神託とかはないですぅ」


心の中で焦りながらも、表向きは曖昧に答えた。公爵の表情が微妙に変化するのを感じた。リセルも「火すら出来ないんだよ!」とニコニコとサポートしてくれた。



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夕方、私は公爵に命じられた研究者と対面していた。黒髪を一つに束ね、地味なローブを着た女性だ。公爵は私を彼女の研究室に押し込むと「状況を説明してあげなさい」と言い残し、明らかに面倒なものを押し付けたという表情で立ち去った。


「エリーゼ・ハンベルクと申します。魔力の研究をしております」


私は同じように佐久間誠一とフルネームを伝え、部長をやっていたことを伝えた。そして研究室に案内された。古い本や奇妙な装置が並ぶ部屋だ。エリーゼは私をじっと見つめると、ため息をついた。


「魔法も使えないあなたに説明しても無駄かもしれませんが」


彼女はつぶやくように言った。彼女は本棚に向き直り、独り言のように話し始めた。


「古文書の解析で、世界の魔力総量が減少していると確かめました。長年の乱用が原因だと考えられます」


エリーゼは淡々と説明し続ける。まるで自問自答しているようだ。私は話に乗って素朴な疑問を口にした。


「魔力がなくなると、この世界はどうなるんですか?」


少し驚いた表情を見せたエリーゼだが、すぐに説明を続けた。


「水や食糧生産、あらゆる生活基盤が崩壊します。ですが貴族や多くの人は真剣に取り合おうとしません。あなたには分からないかもしれませんが、私たちにとってこれは存亡の危機なのです」


リセルが「村でも井戸の水が出にくくなってるよ」と言う。省エネ対策や資源管理。同じような問題かもしれない。



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夜、休息のため城内の個室に案内された。礼拝堂のような雰囲気の部屋だった。ベッドは祭壇のように中央に配置され、壁には女神らしき存在の壁画がある。そこで神官の男性と対面する。穏やかな表情の四十歳くらいの人物だ。


「誠一様、女神の加護を受けた方ですね。私はカイウス・ミラーファと申します。聖人様のお休みの前に祈りをささげに参りました」


丁寧な物腰で挨拶される。教会の人間らしい。


「我々の教会には古くから異世界からの訪人が世界を変革するという伝承があります。まさにあなたがその人なのかもしれません」


また期待され、プレッシャーを感じる。


「でも、私は何の力もないです。ただ、会社で部長やってただけです。」


カイウスは何も迷いもなく言う。


「そうでしょうか。神の計らいは形を問わないと信じています。あなたがもたらすものが魔法でないとしても、きっと意味があるはずです」


カイウスの言葉は優しかった。誰かに理解されたような気がして少し救われた。

だが、教会にも何か思惑があるのだろう。




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翌日、城内で朝食を取っていると、公爵の側近が近づいてきた。


「今日からは、城内や領地内をご自由にご覧になってください」


その言葉の裏に何もできないものだと判断された意味を感じた。もはや有益な存在とは思われておらず、ただの珍しい生き物として放し飼いにされたようなものだ。


リセルが案内役を買って出てくれ、公爵領内の農地を視察することにした。


「昔はここまで水が来てたのに、今はこんなに減ってるよ」


水路に流れる水は確かに少ない。作物も元気がない。農民たちの嘆きが聞こえる。


「どうして魔力が不安定なんだ?」

「魔法使いに水を集めてもらってるのに、昔ほど効果がない」


農民たちは困惑していた。


夕方、城下町を歩く。市場では食糧や水の価格が上昇しており、町人たちの不満が高まっている。明らかに資源不足の兆候が見られる。


「魔力不足が起きないようにもっと魔法を節約して使ったり、無駄遣いを減らしたりすれば」


と思わず口にした私の言葉に、町人たちの反応は予想以上に激しかった。


「こいつは何を言ってるんだ?魔力が無くなるわけないだろう。このバカが」

「そんな物騒なことを言わないでください」


一人が言い出すと、皆が口々に非難の声を上げる。彼らの顔が怒りで黒く変わって見えた。ある者は地面に唾を吐きながら去っていった。


この世界では魔法が当たり前すぎて、枯渇という概念自体を受け入れられないのかもしれない。彼らにとって死活問題であり、当事者だから怒らずにはいられなかったのだろう。



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夜、エリーゼの研究室に呼ばれた。予想に反して、彼女は私を真剣な表情で迎えた。


「あなたは魔法のことを何も知らない。むしろ、だからこそ話したいのです」


彼女は私の目をまっすぐ見つめ、声のトーンを変えた。


「魔力総量の減少がこのまま10年続けば、社会は立ち行かなくなるという試算結果が出ました」


彼女は緊張した面持ちで資料を見せる。深刻な状況だ。


「みんな先入観にとらわれています。でもあなたは違う。この世界の常識に染まっていない。だからこそ、あなたの意見が聞きたいのです」


誰であろうとなかろうと、彼女は今、目の前の異常事態に打開策を求めていた。


「これは何とかしないと。公爵に協力を仰ぐしかないだろうか」


そう言った矢先、タイミングを見計らったように扉が開いてファルコーネ公爵が現れた。


「話は聞かせてもらった。領地は滅亡する。対策として豊かな魔石鉱脈を得る領地拡大計画を推し進めるぞ」


公爵は高らかに宣言する。エリーゼの顔色が変わった。


「そんな戦争まがいのことを!それでは余計に魔力を消耗するだけです!」


エリーゼの反論に、公爵は冷たく微笑む。


「神の信託者であるあなたもご賛同いただけましたね」


公爵の視線が私に向けられた。プレッシャーを感じる。戦争など望んでいない。だがここで反対すれば、どうなるかもわからない。


「もう少し検討させてください」


曖昧に答えるしかなかった。公爵の狙いは戦争を正当化することだったのかもしれない。



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研究室を出た後、エリーゼは私を急かすように廊下を進んだ。


「このままでは研究が奪われるから、どこか安全な場所に隠さないと。神官カイウスなら助けてくれるかもしれません」


彼女は明らかに怯えていた。公爵の計画に反対したことで危険な立場になったのだろう。後ろを振り返ると、影のように動く人影が見えた気がした。


エリーゼはあたふたとする私を城の裏口へと誘導した。


夜明け前、私たちは教会の一室にいた。カイウスが私とエリーゼを匿ってくれたのだ。リセルも何かを察して合流していた。


「公爵の計画は危険です。魔力をさらに使うことになれば、状況は悪化するだけ」


エリーゼの話を聞き、カイウスは静かに話す。


「戦争で膨大な魔力を浪費すれば、問題を悪化させるだけかもしれませんね」


私も同意する。エリーゼは頷きながら言った。


「そう。何より、人々が現状を理解してくれないと。正しい情報を広める必要があるわ」


カイウスは「教会には保守的な勢力が中心です。しかし女神の教えを重要視する派閥もあります。私もできる限り協力しましょう」と約束してくれた。


リセルも「私にも手伝わせて!村のみんなが困ってるのよ」と元気に言う。


私たちは教会を出て、今後の行動について話し合いながら歩いた。不思議なことに、私は決意を固めていた。


「ただの会社員だけど、会議の運営や、組織を動かすノウハウならある。少しでも役に立てるならやってみたい」


三人は私の言葉に頷いた。私たちは知らないうちに、ひとつのチームになっていた。家族のことが頭をよぎる。もう彼らに会えるかどうかわからない。今はこの世界で自分にできることをやろう。役に立ちたい。


しかしこの決断が大きな過ちを引き起こした。

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