夢見つけ追う

白黒天九

崩れない

夢は違うけど、世界は同じ。そうあってほしい。


昔、小学校低学年の頃、私の知り合いにアイドルをやっているお姉さんがいた。そこまで有名なわけではなかったけど、多少の人気はあった。ただ正直、微妙な感じ。

彼女はそんな中でも、ひたすら眩しく輝いていた。みんなは彼女の姿を見て、いつの間にか笑顔になっていた。そして、そのみんなの中に私も含まれていた。

ときどき、一緒に勉強したり遊んだりしたけど、そのときはアイドル活動の話はしなかった。たまにはそういう世界から抜け出さないと、心も体も、もたないだろうから。

でも、その人はある日突然、姿を現さなくなった。


あれから十数年、私はもう高校生。それも、そろそろ将来の進路を考えなくてはならない時期だ。

「ねえミワ、将来どこ行きたいか考えた?」

ミワは私の名前。この子は私の友達のホノカ。

「いや、なんにも」

そう、本当に何も考えてない。

「そっか~。あたしは『一応あるけど、曖昧』って感じ」

一応でもあるだけいいのではないだろうか。

「まあ、大体みんなそんなもんだと思うよ」

「ずっと勉強勉強言われてたのに、急に将来将来になり始めるんだから、困っちゃうよ」

「将来のために勉強が大事なのはわかるけどさ〜」

確かに、急に選択肢が大量に現れても、対応に困る。

ゲームに例えると、チュートリアルではやるべきことが提示されてたのに、本編が始まるとそんなものは一切でてこない。それどころか、チュートリアルで教えられてないものまででてくる。チュートリアルも結構長い。始めのうちは本編かと思ってしまうほど。

道筋にそって進めていくのが好きな人もいるし、自分なりに模索して進めていくのが好きな人もいる。でもこのゲームはどっちつかず。

「難しいね」

「そりゃ、どうなるかも分からない未来には、どういうものなら求めていいのか分からないしね。」

あの人なら、どういう選択をするだろう。いや、あの人も結構頑固だった。アイドルを諦めることはないだろう。よく言えば芯がある。

対して私は、グニャグニャ。あの都市伝説のくねくねが美しいフォームで走って逃げる。そのぐらい。

柔軟性があると捉えられるかもしれないが、自分からしたら、この人生と同じ、どっちつかず。


学校が終わり、家に帰った。

「ただいまー」

「おかえり。ミワ。部屋、冷やしておいたわよ」

「ありがとう。お母さん」

今は夏。絶賛猛暑。暑くてしかたがなかったので、助かった。本当にありがとう。お母さん。

親は共働きで、今日はお母さんは休み。お父さんは夜勤。お疲れ様。

しかし、よくよく考えたら私は今まで、親に恩返しをしたことがあっただろうか。たくさん迷惑かけて、今もこうして養ってもらってる。それに対して、私は?

申し訳なくなってきた。2人が老人になって、介護が必要になったときは、もちろん助ける。

でもそれだけでいいのかな?あとから後悔しない?

いや、する。絶対後悔する。少なくとも私は。

じゃあどうする?旅行とか?全財産五万円の私には無理だ。

私はちょっと調べてみた。両親が動けるうちに、旅行とか、そういうとことに連れていけるだけのお金が稼げる仕事。

怪しいバイトは駄目。怪しいから。就職が難しすぎるところは厳しい。私はこれでも頭はいいほうだ。けど、気力が足りない。

そうやって探しているうちに、いくつか良さそうなところを見つけた。あとは、通える範囲か、本当に大丈夫なところなのか。本当に給料はこれなのか。色々調べた。

自分でも驚いている。ついさっきまでどっちつかずだと思っていた自分が、こんなことでここまで真剣になれるなんて。

「よし、ここなら…!」


それから私は勉強に勤しんだ。今目指そうとしているところはそこそこの専門知識が必要だ。

ふと、あの人の言っていたことが頭に浮かんだ。

「気持ちと能力はいまいち合わないことが多いわ。どっちかが足りなかったりして。でも、その両方が合わされば、きっと、大体のことは何とかなるわ!多分!」

あの人の言葉は参考にならないと思っていた。確かに、参考にはなってない。ただ、背中を押してくれる。

ただ、最近になって少しずつ不安になってきてもいた。理由は簡単。競争率がなかなか高いことが分かったからだ。正直、今のままでは厳しい。でも、今の私にはこれが精一杯の努力なのだ。諦めたくはない。しかし、現実を知った私の精神力は、限界を迎えつつあった。


その日の夕方、夕飯を食べおわると、お父さんが話を切り出した。

「ミワ、最近勉強を頑張っているそうじゃないか」

お母さんも便乗した。

「そうよねぇ。何かあったの?」

もちろん、旅行の話は秘密。

「まあ、ようやくやりたいことが見つかったっていうか…」

すると、お父さんとお母さんは頷いて、こう言った。

「そうか、とうとう、あれを渡すときが来たのかもな」

「あれって?」

「アヤちゃん、覚えてる?」

アヤとはあの人の名前だ。もちろん、忘れるわけもない。

「そりゃ、結構一緒にいたし。でも、急に会わなくなっちゃって…」

「実はな、アヤちゃん、病気だったんだよ」

「え…?」

突然父から明かされる事実。当然、私は混乱していた。

「治らない病気でね、ずっと前から、死んじゃうことは確定していたの」

あの人が、病気?そんな様子は見せなかった。信じられない。

「急に悪化したみたいでね、それで、そこからはすぐ…」

「そんな…」

「アヤちゃんは、ミワのために、あるものを僕達に渡した」

お父さんは、ちょっと古いノートを持ってきた。

「ミワが、自分の夢を見つけて、前に進もうと頑張っているとき、これを渡してくれって」

「中は見てない。ミワ、受け取れ」

私は、ノートを受け取って、部屋に戻り、しばらく泣いた。

「どうして教えてくれなかったの?どうして私のために動いたの?どうして…」

聞きたいことがたくさんあった。でも、返事はない。当たり前がこんなにも恐ろしいとは思わなかった。


泣き止んで、ノートを開いてみる。最初のページには「夢を見つけたミワちゃんへ」と書いてあった。

ページをめくると、夢のためにしなければならないこと、他愛ない話、私への想いがびっしり書いてあった。そして最後のページには、「病気のことを隠しててごめん」とその一言だけ書いてあった。

また、私は泣いた。


それから私の勉強には、より熱が入った。

ノートに書いてあることは、いつもの彼女とは違い、曖昧な表現はなかった。

ノートを開くたび、彼女が応援してくれているように感じた。

最後のページには、感謝の気持ちを書いておいた。確かに聞きたいことはたくさんあった。けど、それは私があっちに行ってからにする。まずは、期待に応えなければ。

芯がなかった私に、あの人は芯を刺してくれた。多分、あのノートに消費された分の鉛筆の芯だろう。鉛筆かシャーペンかは分からないけど。

少なくとも、おかげで限界の上限が上がって、前よりも頑張れている。意外とあの人の精神論も役に立つ。

やっぱり、たまに泣いてしまうこともある。でも、大丈夫。あの人の輝きが、夜の勉強机を照らしてくれる。

ホノカも少しずつ夢がはっきりしてきたようで良かった。いつもお互いに応援し合っている。


私は着実に夢に近づいていた。両親が楽しめそうな旅行先もそこそこの数見つけた。

あの人のように輝くことはできないけど、私は輝く人のためのステージでありたい。絶対に崩れない、信頼できるステージに。

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夢見つけ追う 白黒天九 @tenku859

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