トリたちの秘密

平 遊

信じる/信じないは貴方次第

 K大学には、ふしぎ現象同好会、なるものが存在する。メンバーは二十数人。ただし、専ら飲み食い専門のゆるいサークルで、これといって活動をしているわけではない。ただ、不思議な現象に多少なりとも興味がある人がメンバーとして名を連ねている。それだけだ。

 だがそんな中、たった2人だけ、熱心に不思議な現象を追い求めているメンバーがいた。

 ひとりは、加来文乃かくふみの

 もうひとりは、夜見陽汰よみはるた

 1年生の文乃と陽汰は、ただ集まって飲み食いしながら、使い古された七不思議や都市伝説を聞くだけではモノ足らず、自らを「ふしぎハンター」と名乗って、不思議な現象を集めて回っている。


「なぁなぁ、文乃」


 校内のカフェテリア。

 スマホで情報収集をしていた文乃を見つけた陽汰は声をかけた。


「行かない」

「ちょっ! 俺まだ、何にも言ってねぇし!」

「どうせまたくだらない話仕入れて来たんでしょ。近くの川に河童がいるとか、学長の銅像が喋ったとか」

「そんなんじゃねぇって!」


 文乃は、不思議な現象には興味深々だが、ホラーは苦手。子供だましのくだらない話には興味なし。

 一方の陽汰は、とりあえず少しでも『不思議』と思われる現象であればなんでも食い付くため、文乃には呆れられがちだ。


「ほんとに見られれば、絶対に驚くって! ……まぁ、今回ばかりは俺もちょっとどうかなって思ってるんだけど」

「……へぇ?」


 文乃が珍しく、興味深々の目を陽汰へと向ける。なんでも食いつく陽汰が『どうかな』という言葉を発する事自体が珍しかったのだろう。


「じゃ、行こっか」


 そう言うと、文乃はとうに空になっていたコップを返却口へと戻し、鞄を手に歩き始める。


「は?」

「何してんの? 早く案内してよ」

「俺の話は聞かんのかいっ!」


 まったく……と呟きながらも、陽汰も文乃のあとを追いかけた。



「え? なんて?」

「だからぁ、俺の友達の友達の弟の友達」

「すごい人脈……で、その子がなんなの?」

「それは直接本人から聞こうぜ」


 ニヤリと笑い、陽汰はメッセージの受信を告げるスマホに目を落とす。


「待ってる、ってさ」

「そっか」


 近くの洋菓子店で手土産を購入し、二人が向かった先で待っていたのは、フリルの付いた真っ白なワンピースを着た女の子だった。


「初めまして。今日は突然だったのにありがとう。あたしは加来文乃。こっちは夜見陽汰。えっと、あなたのお友達のお兄さんの……あれっ?」

「友達のお兄さんの友達の友達、ですよね。あ、私は洞吹真実あなぶきまみっていいます。小五です」

「俺たちはK大学1年。同好会で、ふしぎハンターってのをやってるんだ。じゃあ真実ちゃん、早速だけど、話、聞かせてくれるかな?」

「はい」


 真実の母親が入れてくれた紅茶の湯気が、テーブルを挟んで文乃と陽汰の向かいに座った真実の顔を霞ませる。真実の母親は、少し離れたところで控えていて、娘の話に口を出すつもりは無いらしい。

 紅茶を一口含み一呼吸おくと、真実は話し始めた。



 ※※※※※※※※※※


 家の近くに、木がたくさん生えている公園があるんです。

 私、お天気のいい日にひとりでその公園に行くのが大好きで、よく行くんです。

 日差しが強い時でも、木の葉っぱが良い感じに遮ってくれるから、本当に気持ちよくて。

 あの日も、ひとりで公園に行ってスケッチをしてました。

 学校の宿題で、自分の好きなものの絵を描いてきなさいって言われたから、あの公園の絵を描こうと思ったんです。

 でも私、絵がすごく下手で、何度も描き直して時間がかかっちゃって。

 いつもなら暗くなる前に家に帰るようにしているんですけど、気づいたらもう周りが真っ暗になっていたんです。


 怖くなって、急いで帰ろうとした時でした。

 なんか、お日様みたいな光が、上からゆっくり降りて来たんです。

 眩し過ぎて最初はその光が何か分からなかったんですけど、その光は少し離れた木の枝に止まったあとで弱くなったので、少し近づいて見てみたら、真っ白で見た事の無いきれいなトリでした。ハトより少し大きいけど、カラスよりは小さいかな、っていうくらいの大きさで。

 もっとよく見てみたいなって思って近づこうとしたんですけど、よく見たら周りの枝にも近くの地面にも、他のトリがたくさんいる事に気づいたんです。どのトリもみんな、その真っ白なトリの方を向いていました。


 なにかが始まりそうな気がしたので、私もじっとしたまま見ていたんですけど、そうしたら真っ白なトリが歌い始めたんです。ものすごく、きれいな声で。私、あんなにきれいなトリの声、聴いたこと無いです。それでうっとりしてしまったんですけど、周りのトリたちもみんな、うっとりして聴いてるみたいで、目をつぶっているトリもいたし、体を揺らしているトリもいたりして。

 きっと、あの真っ白なトリは、トリたちのあこがれのアイドルで、あれは真っ白なトリのコンサートだったんだと思うんです。なんか、そんな感じだったので。

 あの、お日様みたいな光がゆっくり降りて来た感じなんて、真っ暗なコンサート会場にアイドルが登場したような感じと同じだって思うし。アイドルの降臨! みたいな。あれはトリだったから、トリの降臨! ですけど。でも、集まっていたトリたちにとってはきっと、アイドルの降臨! だったんだと思います。


 本当はもっと聴いていたかったんですけど、私歌に夢中になり過ぎて、持っていたスケッチブックを落としちゃったんです。

 大きな音がしちゃったから、トリたちがびっくりしちゃったみたいで、一斉に飛んでいってしまって。

 あの真っ白なトリも、居なくなっていました。


 本当に綺麗な声だったので、もう一度聴きたいって思ってあの真っ白なトリをずっと探しているんですけど、あれからまだ一回も会えてなくて……

 お母さんに話しても友達に話しても、みんな『夢でも見てたんじゃないの?』って言うんですけど、絶対に夢じゃないんです! 信じてください!


 ※※※※※※※※※※


「なんか……ふしぎな話だったな」

「だから、もっと他に感想無いの?」


 洞吹家を後にした2人は、その足で真実の話していた公園へと向かった。

 既に日は西へと傾いていて、もうすぐ隠れてしまいそうな時間になっていた。


「なんか、寒いな。あ、コンビニ発見! ちょっと温かい飲み物でも買ってくるよ。文乃、先行ってて」

「あ、うん。ありがと」


 コンビニの前で陽汰と別れ、文乃は真実が話していた公園へと足を踏み入れた。真実の言うとおり、そこにはたくさんの木々が生い茂り、ある一角などは小さな森にも見えた。文乃は迷わずその森の方へと向かった。


(真実ちゃんは、歌が好きなのかな。もしかしたらアイドルに憧れていたりして。自分がアイドルになってたくさんのファンの前で歌いたいから、そんな幻みたいな夢を見た、とか? そもそも作り話、とか?)


 ふしぎ話にはなんでも食いつく陽汰が『どうかな』という言葉を発していた意味がようやく分かったような気がして、文乃は小さく笑った。

 と。


「ん?」


 薄暗い周囲が急に光で照らされたような気がして、文乃は何げなく上を見上げ、目にしたものに――















「やっと見つけた! なんでこんな奥まで来てんだよ、探しただろ?」


 陽汰の声で、文乃は我に返った。


「どっち? ブラック? カフェラテ?」

「カフェラテ」

「ほい」


 陽汰から手渡されたカフェラテの温かさに、自分の体がすっかり冷え切っていた事に、文乃は気づいた。

 けれども、胸の中は温もりで満たされている。


「いやぁ……今日のは外れだな。やっぱあれは、どう考えもあの子の」

「陽汰」


 話始めた陽汰の言葉を遮り、文乃は言った。


「あたし、見た」

「なにを?」

「トリの、アイドル」

「……は?」

「あれは間違いなく、トリのアイドルだわ」

「……えぇぇぇぇっ⁉」


 目を丸くして、口をぽかんと開ける陽汰をよそに、文乃は満足そうな笑みを浮かべて公園の出口に向かって歩き出す。


(アイドルって、やっぱこうだよね。トリだろうが人間だろうが、それは変わらないのかも。惹き付ける魅力があるし、力を与えられるし。ほんと、すごいな)


「ちょっ! 俺まだ見てないんですけどっ⁉ 俺が仕入れて来たネタなんですけどっ⁉ おいっ、文乃ったら、待てってば!」


(トリの降臨……神々しかったなぁ……しかもあの声、あの歌。トリじゃなくてもあこがれるっつーの。あ~、いいもの見られた~! し・あ・わ・せ♪)


「なぁなぁ、どんな感じだった? もちろん動画撮ったよな? え? 撮ってねぇのっ⁉ なんだよも~っ!」


 悔しそうな陽汰の隣を歩きながら、文乃は思っていた。


(ふしぎな現象なんて、心と記憶に残すだけで十分。あとは口伝がいいんだよ。だからこそ、人は興味をそそられるのだから。ほんと、分かってないなぁ、陽汰は)


【終】

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