推し活クライシス

砂漠の使徒

――時は20XX年

 推し活は重大な危機に瀕していた。

 果たして、今推し活が直面している問題とはなんなのか。

 早速とある推し活を楽しんでいる者の脳内にカメラを向けてみよう。


――――――――――


「大変です、所長!」

「推しが……我らのアイドルが……」


「む、どうしたのだ。そんなに慌てて」


 血相を変えて推し活推進センターの所長室に飛び込んできたのは、トレンドリサーチ部の職員だ。

 彼らは常に変わりゆくトレンドを分析し、いかに推しと結びつけるかを研究している。

 そんな彼らが慌てているのだから、最新のトレンドになにか変化が起きていることは明白だった。


「まずはお茶でも飲んで……」


「そんな場合ではありません!!!」

「変わってしまったのです!!!」


「ふむ……。流行とは常に移り変わるものではないか。なにをそんなに慌てる必要があるのかね」


「しかし……! あまりにも規模が違いすぎるのです!」


「ほう……? 具体的にはどういうことかね?」


「推しが……推しそのものが変化しようとしているのです!!!」


「な、なんだってーーーーー!?!?」


 そう、いわゆる”推し変”である。

 常にただ一人の偶像(アイドル)を追い続けるとは限らない。やはり人間である限り、飽きることもあるだろう。時が経つにつれ、推しへの想いは移り変わってしまうのだ。


「ま、まずい……。由々しき事態であるな」


「はい……。推しそのものが変わってしまえば、我らの存在意義が消滅してしまいます」


 もう一度言おう、ここは推し活推進センター。

 推し活が絶えれば、当然ここも解体される定めにある。正確には、推し活推進センターは人材を入れ替えて建て直しとなる。推しが変わるとはそういうことなのだ。なんにせよ、現在彼らの命は風前の灯である。


「ううむ。我らにできることは限られるが……最善を尽くそう」


「所長!」


 覚悟を決めた顔になった所長は、机に置かれている黒電話に手を伸ばす。


「情熱部! 厳しい状況ではあるが、どんどん燃やしてくれ!」


「おうよ! 言われなくても生まれてこの方この炎を絶やしたことなんてねぇぜぃ!」


 君の胸にも燃えているだろうから、説明は不要だろう。

 彼らは情熱部。

 推しへの熱い想いを燃やす、推し活への原動力となる機関部だ。

 しかし、彼らは口には出さなかったが、その炎はかなり弱まっていたのが事実であった。

 いくら燃やそうとも、燃料が不足しているのだ。

 正確には、新たな推しへと回されている。

 もはや旧世代の推しへの燃料供給は滞りつつあった。

 推し変の魔の手を止める術はない。


「絶やしてはならん……この炎を……」


 所長は部屋にあるモニターから、各部署を見渡す。各々が苦しい状況にも関わらず必死に推し活を続ようと努力している。


「どうか救いたまえ、我らの推しを」


 君は、推しのことを考えると胸が苦しくなったことがあるだろうか。

 たとえば、新しい推しを見つけて全力で推し始めたとき。新たなアイドルの誕生に胸が高鳴ると共に、どこか残る違和感。

 それは、以前の推しへの想い。

 まだ忘れられない気持ちがある証拠だ。

 どうか昔推していたアイドルも忘れないでやってほしい。

 今でも想いを馳せれば、推し活推進センターの所長は喜んで力を貸してくれるだろう。


(了)

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