「21世紀が終わったら起こしてくれ」

路地表

Wake me up when 21st century ends

「21世紀が終わったら、起こしてくれ」


 あなたはそう言い残して、深い眠りについた。

 私は、もういつ死んでも良かった。

 けれど、あなたの意見を尊重して、私もその時まで生きることにした。


 この広い屋敷を全て掃除し修復するには、いくら時間があっても足りないくらいだ。

 目覚めた時の、あなたの驚く顔を見る為にも、約束の時まで待つことにした。



*   *   *   *   *   *



 そして、21世紀が終わった。

 時間の感覚が掴めない私にとって、苦痛なことなど特に無かった。


「さて、向かおうか」


 自分の足音以外何も聞こえない、静かな屋敷を出て、貴方の眠る裏庭へ向かう。

 鳥のさえずりが、何処からか聞こえた。その声に誘われて上を見ると、空の交差点があった。

 これ程までに文明が進んだ現代においても、鳥は嬉しそうに踊るものだ。


「……ん? 赤と緑の体……?」


 その鳥は、日本では到底派手すぎる、目立つ色彩をまとっていた。

 あの鳥の名前は……なんだっけな。

 どうにも思い出せない。私は、記憶を亡くすことは無いはずだが……。

 もう、この体も古い。情報を探す命令の何処かで、エラーが起こっているのだろう。


 そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に彼の眠る場所に辿り着いた。


「約束の時間になりましたよ」


 私は約束を果たす為に、彼の墓を掘り起こすことにした。

 疲労など、何も感じるはずが無い為、苦労は無かった。

 

 1時間ほど経ち、遂にあなたの体を発掘した。

 ただ、当然のことだが、そこには既に彼の肉片は無く、白骨化した体だけがそこにあった。

 これをあなただと認識できるのは、私くらいだろう。

 起こす為に、骨になったあなたを揺すってみるが、一向に起きる気配は無い。

 いつも朝はぎりぎりまで寝ていたあなただった。

 そこから更に1時間ほど経った時、遂にあなたは死んだのだと認識した。


 ……さて、ともなると、私にはもう生きるべき理由が無い。

 活動停止を考えた時、あなたとの会話を思い出した。


「あなたが死んだら、私の役目もそこで終わりです。私は、あなたをお世話する為に作られたのですから。その時には、活動を停止します」


「おいおい……そんなこと言うなよ。やっと俺から解放されるんだから、一人で旅でもして生きてみたらどうだ」


「いえ、私はあなたのお世話をする為に生まれたのです。それ以上の使命はありません」


「はあ、お前は本当に頑固者だな。……あ、じゃあさ、もし死にたいのなら、あそこが相応しいんじゃないか? 家の裏山の、街が一望出来る、あの思い出の山頂」


 そこは、私たちの思い出の場所だった。

 あなたが幼年の頃には、共に山を隅々まで探検した。

 あなたが青年の頃には、失恋の悲しみを癒す為に黄昏たそがれた。

 あなたが壮年の頃には、あなたの妻と娘と共にピクニックをした。

 あなたが中年の頃には、一人娘の旅立ちに涙した。

 あなたが高年の頃には、車椅子のあなたを押しながら山を登り、共に人生を振り返った。


 あなたとの記憶の大半は、そこから一望できる街の景色で埋められていた。

 最後に、あの景色を見よう。

 丁寧にあなたを埋め直して、裏山へ向かう。


 山は、100年経っても変わらない。

 時の流れにびくともせず、ただ雄弁にそこに在る。

 あなたとしか通ったことの無い山道を、今は一人で歩く。

 疲れを知らない私にとって、登山はとても容易いものだ。

 途中に見られる川で、あなたはよく休憩していた。


「川のせせらぎ、森のさざめき、鳥たちの鳴き声……これが山の醍醐味だよ」


 あなたはよく、そう私に話していた。

 汗の見られるその嬉しそうな横顔が、忘れられない。


 数時間ほど経ち、私は山頂に辿り着いた。

 一望する景色は、21世紀の頃とは大きく様変わりしていた。

 この街も再開発され、街は背の高いコンクリートでぎゅうぎゅうに埋め尽くされていた。

 それでも、夕日はあの頃と変わらずに、ただオレンジ色に世界を染めていた。


 さて、この辺りで燃料が尽きるまで過ごそう。

 近くの簡素な木製のベンチに腰掛ける。


 その時、何か素早いものが私の前を通過した。

 過ぎた方向に目をやると、朽ちた木で立てられた、小さな十字架の墓の様なものがあった。

 高さは……大体160cmほど。

 あなたの生前、何度もこの場所に来ていたが、こんなものは初めて見た。

 近寄ってみると、その十字架には何かが書いてあった。

 凝視して読んでみると、そこにはあなたの名前が書かれていた。

 微かに認識出来る程度で、私がロボットで無ければ読めなかっただろう。

 そして、十字架の差された地面は、不自然に盛り上がっていた。

 あの人のことだから、何か隠しているに違いない。

 故人の秘密を暴くようで、少し気が引けたが、最悪記憶を消すことも出来る為、私はそれを掘り起こすことにした。


 腕をシャベルに変形させ、そこを掘り起こす。

 すると、一つの汚れたクッキーの空き缶が発掘された。


「娘様がお好きでしたね」


 懐かしい感覚だった。

 私に味覚は無いが、彼ら家族の団らん、そして、あなたの幸せそうな顔を思い出す。

 かつての記憶から、現実に意識を戻す。

 ゆっくりと缶の蓋を開けると、中には四つに折り畳まれた紙が入っていた。

 その紙を丁寧に開くと


「コスタリカのモンテベルデに、あの美しい熱帯雲霧林ねったいうんむりんに行くことは、遂に叶わなかった。名残惜しいから、お前が俺の代わりに行ってきてくれ」


 そう書いてあった。

 今までの記憶を巻き戻すが、彼がモンテベルデに行きたいと言った記憶は見つからなかった。

 恐らく、不器用な彼なりの、私に向けた最後のやさしさだったのだろう。


 私は、家政婦としての役割を与えられた、ただのロボットだ。

 感情は、事件・事故の元になってしまう。

 私たちロボットにとっては邪魔なものの為、初めからインプットされていない。

 ……されていないはずだが、体の核の部分が少し熱くなった。


「私のハードウェアは、今となっては古いものだ。……遂に故障し始めたか」

 

 それがまっとうな、ロボットらしい論理的な考えだ。

 ただ、少しだけ、これが感情なら、なんて温かいものなのだろうと、そう思った。


 ──突然、尾の長い鳥が、夕日を割く様に目の前を通過した。

 さっき、私の目の前を通った──いや、そういえば、あなたの墓に向かう時にも見た、あの鳥だ。


 そうだ、思い出した。

 あれは、ケツァールだ。


 100年以上前に読んだ鳥獣図鑑に記載されていたはずだ。

 慌てて記憶をさかのぼり、そのページを検索する。


『ケツァールは、鳥類キヌバネドリ科の一種である。メキシコ南部からパナマにかけての山岳地帯に生息している。体長は35cm程だがオスは長い飾り羽をもち、これを含めると全長は90-120cmにもなる。頭部から背にかけて光沢のある濃緑色をしており、腹部は鮮やかな赤色である』


 その説明にたがわぬ美しさだった。

 赤と緑で染められた美しい体は異国情緒を感じさせる。

 誰の目を気にするでも無く、その長い飾り羽を踊る様に優雅に舞わせて飛んでいた。

 コンクリートジャングルを従えながら、ケツァールは夕日をバックに、余りにも華麗に舞ってみせた。

 文明が進めば進む程に、自然は美しいものになっていく。


 しかし、何とも不思議なものだ。

 なぜケツァールがこんな場所に居るんだろう。


「ケツァールは、のはずだ」


 これが偶然とは、到底思えなかった。


 ケツァールは、たった一羽の、静寂な舞台をやり切った。

 やがて満足したかの様に、彼は遠く向こう側へ飛んで行ってしまった。

 その方角は、確かに南米を指していた。


 ああ、そうだ、そうしよう。


「ひとまずは、コスタリカ行きの飛行機の予約を取ろうか」


 生きる意味が生まれた時、あの人の気持ちが、少しだけ理解出来た気がした。


 彼に良い土産話が出来る様に、

 もう少し、生きてみようと思った。

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