あ焦がれのホシ
蒼月 紗紅
あなたは星、わたしは――
――開演を報せる合図。瞬間、沸く歓声。彼女だけを照らすスポットライト。たくさんのフリルがあしらわれた衣装。あなたの好きなものだけが詰め込まれたステージ。優しくも華のある歌声。寸分の狂いも無いダンス。そして、自分を見ている全ての人に向けられた完璧な笑顔。
私は、その光景を画面越しに眺めていた。最近はわざわざ現地に赴かなくても、配信でいつでも誰でもライブを見られる。いい時代になったもんだ。
彼女のイメージカラーは青色。これはかつてグループに所属していた頃の名残りだ。ソロになってからのファンも多いだろうに、客席はあたかも当然のように青一色で染められていた。私もつられて、引き出しに直してあったサイリウムを取り出し、それを振る。
――今日は彼女の卒業ライブ。十数年の歴史に幕を下ろす、最後のライブ。行けるものなら参加してあのコールの一員になりたかった。
……でも行けなかった。理由は勿論、チケットの当選倍率がネットニュースに載るほどの競争率だったから――否、そんなのただの言い訳だ。行こうと思えば行けたのに、行かなかった。
私は、あなたの一番の古参ファンを名乗れる自信がある。厄介なファンの自惚れじゃなくて事実だ。だって、わたしは。
――かつてのあなたと同じグループのメンバーで、唯一の同期なのだから。
*
中学生の頃。私はあこがれのアイドルグループのオーディションに合格し、晴れて黄色担当のメンバーとなった。
正直、歌とダンスは候補生の誰よりも上手だったと自負している。当時のプロデューサーもそんなことを言っていた。
あなたは、パフォーマンスはそこそこだったけれど、そんなことがどうでもよくなるくらい愛くるしかった。ちょっと抜けているところがあったけど、見る人全員を手放さず、そして見逃さない。まるで骨の芯からアイドルであるかのようだった。
一緒に合格出来たと聞いたときは本当に嬉しかった。
私は、そんなあなたと切磋琢磨してもっと高みを目指そうだなんて考えていた。だから唯一の同期の自分が引っ張らないと、なんて勝手に使命のように感じていた。
――でもいつしか、その思いは畏怖へと変わっていった。
気づけば彼女は、教える側の私より歌もダンスも上手になっていた。
雑誌の取材も、バラエティ番組の仕事も、曲の歌割りも、全てあなたがかっさらっていった。
当然、焦りしかなかった。次の新曲のオーディションでなんとしてでもセンターになりたい、ならなきゃ。
そう思った私は、毎日夜遅くまで練習をした。周囲に止められるくらいやった。……やりすぎた。
――結果、オーディションの数日前の練習中に転んで膝を壊してしまい、全治一ヶ月の大怪我を負ってしまった。
退院してから自宅で見たテレビで、彼女が新曲のセンターで踊っているのを見たとき、全ての糸がプツンと切れたかのような気がした。
周囲の大人には、大学進学のために勉強に力を入れたいからとそれらしい理由を伝え、私はそのまま表舞台からフェードアウトした。
あの頃のわたしにとって、あなたは思ったよりも眩しすぎた。虜になったわたしはされるがままに焦がされてしまった。ただそれだけのことだった。
*
――閑話休題。ライブは終盤に差し掛かり、ここから最後のMCの時間が始まろうとしていた。客席からは鼻をすする音や、むせび泣く声が聞こえる。
「皆さん、今日は私の卒業ライブにお越しくださり、本当にありがとうございました」
「次で最後の曲となります。と、その前に」
「今日はとある人に伝えたいことがあるので、手紙を書いてきました」
そう宣言して、彼女は手紙を読み始めた。
「この手紙は、私がアイドルとしてデビューしてすぐの頃の、大切な友人に向けたものです。
彼女は、私がかつて所属していたグループの唯一の同期でした。歌もダンスも上手く出来ず、皆の足を引っ張っていた私に合わせてずっと一緒に練習してくれて、そのおかげで今日までアイドルを続けることが出来ました。
正直、あなたがいなかったら私はこんなに長くアイドルを続けていなかったと思います。
――わたしは青色担当。彼女は黄色担当。一人になっても、アイドルを卒業する今日までイメージカラーを一度も変えなかったのは、願わくば、星のようなあなたを照らす夜空になりたかったからです。
……あなたが引退して、互いに別の道を歩くようになってからは疎遠になってしまったけれど。またいつか、どこかで会えると信じて」
……鳴り響く拍手。わたしは、画面の中に小さく映る彼女を、涙でぼやけゆく視界のまま、ただ呆然と見つめることしか出来なかった。
「どうして」
「そんなの」
「――解釈違いだよ」
あ焦がれのホシ 蒼月 紗紅 @Lunaleum39
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