あいちゃんは今はしあわせ
尾八原ジュージ
あいちゃんって子がいてね
あいちゃんはそのむかし、看護師さんになりたかったんですって。
小学一年生のとき、車にはねられて入院して、そのときおせわになった看護師さんが、とってもやさしくて、とってもかっこよかったんですって。
だからあいちゃん、大きくなったら看護師さんになるぞって思ったんですって。
でもあいちゃん、学校のお勉強はぜんぜんできないし、忘れものはしょっちゅうするし、ほんとのほんとにうっかりさんなので、あきらめたんですって。
もしも患者さんにまちがった点滴をうったりしたら、ほんとのほんとに大変だって、気づいたんですって。
それでもあいちゃん、すてきな看護師さんが忘れられなかったんですって。
せめてあの看護師さんみたいに、子どもにやさしくする仕事をしたいって、今度はそう思ったんですって。
それであいちゃん、保育士さんをめざすことにしたんですって。
うっかりさんのあいちゃんだから、保育士さんだって心配だけど、愛嬌とかでなんとかならないかなって思ったんですって。
でもあいちゃん、保育士さんもあきらめちゃったんですって。
中学生になったあいちゃん、授業で職場体験をすることになって、保育園に行ったんですって。
そしたら年長さんの子どもにからかわれて、泣いちゃったんですって。
それであいちゃん、保育士さんをあきらめたんですって。
かわいくて大好きだった子どもも、それからすっかりこわくなってしまったんですって。
保育士さんにもなれなくなったあいちゃんは、ほんとにほんとにがっかりして、おうちのおふろで手首を切ったんですって。
それで救急車が来て、病院に運んでいかれたんですって。
そしたらそこにいた看護師さん、なんと小学生のときおせわになった、あのあこがれの看護師さんだったんですって。
苗字がめずらしいし、だいいちとってもすてきな人だから、まちがえっこないんですって。
それであいちゃん、すっかりお熱がもどってしまったんですって。
せっかく治してもらったのに、またあの看護師さんに会いたくなって、また手首を切ってしまったんですって。
それでまた病院に連れていかれて、また同じ看護師さんに助けてもらって、ますます大大大好きになってしまったんですって。
「もうこんなことしたらだめですよ」って、看護師さんにしかられて、あいちゃんはとてもとてもうれしくて、元気な声で「はい!」って答えたんですって。
そしたら看護師さんは、「約束ね」って言って、笑ってくれたんですって。
あいちゃんは、ずっとずっと病院にいたかったけど、でもやっぱりおうちに帰されてしまったんですって。
それであいちゃん、またまたあの看護師さんに会いたくなって、またまた手首を切ろうとしたんですって。
でも、「もうこんなことしたらだめですよ」「はい!」って約束したことを思い出したんですって。
だから手首を切るのはやめて、おうちの窓から飛び降りたんですって。
足から落ちればだいじょうぶって思ったのに、あいちゃんってうっかりさんだから、うっかり頭から落ちたんですって。
それであいちゃん、死んじゃったんですって。
死んでゆうれいになって、病院にひゅーっと飛んでいったんですって。
そしたらあの看護師さん、なんと、全然やさしくないんですって。
あいちゃんをほったらかして、こっちを見もしないんですって。
あいちゃんはうっかりさんだから、看護師さんがゆうれいにはやさしくしないってこと、思いつきもしなかったんですって。
それでとってもがっかりして、悲しくなったんですって。
看護師さんがほかの女の子の患者さんにやさしくしてるのを見て、あいちゃん、とってもにくらしくなったんですって。
だから女の子の後ろに立って、ぐいぐい首をしめたら、女の子はどんどん顔色が青くなって、苦しそうにし始めたんですって。
ざまぁみろってますますしめたら、看護師さんが急にあいちゃんの方を見たんですって。
看護師さん、あいちゃんの首ねっこをぎゅっとつかんで、女の子からべりべりっとはがしてしまったんですって。
それから看護師さん、なんとか保管室みたいな名前の部屋に、あいちゃんを連れていったんですって。
そして、そこにあった空きビンの中に、あいちゃんをぎゅうぎゅう詰めちゃったんですって。
「もうあんなことしたらだめですよ」
看護師さんにそう言われたので、あいちゃんはぽろぽろ泣きながら「はい」って答えたんですって。
それであいちゃん、まだその病院の、なんとか保管室ってところの、これくらいのビンの中にぎゅうぎゅう詰めなんですって。
頭も足もいっしょくたになって苦しいけれど、あこがれの看護師さんがときどき見にきてくれるから、あいちゃんはしあわせなんですって。
あいちゃんは今はしあわせ 尾八原ジュージ @zi-yon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます