推し活に励んでいたら、親孝行になっていた話
皐月あやめ
推し活に励んでいたら、親孝行になっていた話
私には二人、同じくらい大好きな推しがいる。
一人は、にじさんじ所属の珠乃井ナナちゃん。もう一人は、にじさんじEN所属のVezalius Bandage、通称Zaliくんである。
今回のタイトルは、Zaliくんを推し始めてからのお話になる。
知らない方向けに簡単に説明すると、Zaliくんが所属するにじさんじENは、主に海外の視聴者に向けた配信を行っている。つまり、基本的に配信で使われる言語は英語である。英語が母語の海外ライバーさんが多く所属しているのだが、Zaliくんはフランス人で母語はフランス語であり、第二言語の英語に加えて、日本語も話せちゃうトリリンガルなのだ。
日本のアニメに詳しくて、誰もが知っているアニメから、なぜそれをご存知なのですか? と聞きたくなる少女漫画原作のアニメまで広くご存じでいらっしゃる。それもあって、日本語メインの配信もENライバーさんの中では多め。
とはいえ、もちろん彼は「EN」であるので、配信で使われる主な言語は英語である。
そもそも私がENの配信を聞くようになったのは、実は作業用BGMにさせていただくためだった。
去年行われた「にじさんじGTA」というイベントから、にじさんじ所属のVtuberさんの配信を見る機会が増えた。そんな中、あるときたまたまEN所属ライバーさんの生配信がやっていたのを見つけて興味本位で見に行ったのだが、字幕なしでフル英語配信の聞き取りは私にはハードルが高かった。マジで1割……知っている単語を拾う程度のことしかわからなかった。やっぱり生配信だと日本語配信と同じようには楽しめないかな〜と思った。
しかし。
私は閃いてしまった。
もしかしてこれって……歌詞の意味がわからないまま聞く洋楽のようなものなのでは、と。
何を言っているんだという感じではあるが、いったん聞いてほしい。私は集中したい作業中よくクラシックやインスト、洋楽を聞く。昔から無音で作業するよりも音楽をかけた方が集中できるタイプなのだが、それは言葉の意味を意識しないで聞けるものの方が集中できるからなのだ。
つまり、1割しかわからんままに聞くENの配信は、作業用BGMとしてぴったりなのではないかと。あと聞き流し学習法とかあるし、それで無意識のうちに英語力が上がったら一石二鳥なのではないかと。
大変失礼な動機ではあるけれども、ライバーさんも再生数や視聴数は上がるし、結果的にはWIN-WINなのでは? と、思ったのだ。
そういうわけで、作業のお供にENの配信を聞くようになった私だが、理解度1割のまま受動的に聞き流していた頃、自動的に英語力が上がるということはなかった。そりゃそう。
なにしろ私の英語ときたら。
親戚が英語教室の先生をしている関係で、物心ついた頃から英語の絵本や簡単なゲーム、英語の歌に触れる機会も多かった。さらに幼児向けの月刊英語教育教材も毎月やっていた。テレビの子供向け英語教育番組も見ていた。小学校の頃は英会話教室に通った。中学ではニュージーランドに1ヶ月短期留学した。中学も高校も英語に力を入れている学校で、
これだけ英語に触れる環境にありながら、英語の成績は下から数えた方が早いという体たらくであった。受験英語もかなり苦労した。せいぜい留学の産物で、リスニングはできたというくらいだ。(そのリスニング力も使っていないうちに1割になったわけだが)
大学に行ってもそれは変わらず、大学での英語レベルを測る試験において、ギリで下から二番目のクラスという感じ。大学院の試験で一番苦労したのも英語だった。こんな感じなので、就活中は留学経験を隠し通した。「留学経験は就活で有利な要素なのに、言わないなんて勿体無い!」と友達にも親にも言われたけれども──もしも、万が一、「留学経験」を買われて採用されたとして、英語を使う部署や仕事に配属されたら人生終わると本気で思っていたのである。これについては英断だと思っている。
英語が嫌いなわけではなかった。結果的にできないから苦手意識はあったけれど、習いごとも英語で遊ぶことも子供の頃からイヤイヤやっていたわけではない。外国人の先生も普通に好きだった。けれどもずっと、英語は身に付かなかった。
母はことあるごとに「大人になっても英語を勉強するといいよ」と言っていたけれど、今の仕事に英語は必要ないし、海外旅行に行くときは最低限のことだけやって、後は翻訳ソフトや電子辞書に頼れば問題なかろうと思っていた。もう英語は身につかないものだと諦めていたから、わざわざ勉強しようとも思わなかった。
そう、勉強してこなかったわけじゃない。やっても身につかなかった。受験英語は兎にも角にも詰め込んでなんとかなったと思うが、付け焼き刃だからぽろぽろ抜けていく。だから、私にとって英語というのはそういうものなのだと思うしかなかった。
そんな私が、去年の夏から、自ら英語の勉強を始めたのだ。
Zaliくんを初めて知ったのは、2024年の7月。彼の「歌ってみた」動画がYouTubeのおすすめに出てきたからだった。
Zaliくんの歌はすごい。今再生リストにある「歌ってみた」は、ほとんどが日本語の歌であり彼の母国語ではない。にも関わらず、どれも感情の込め方や歌声の変化の付け方が曲の雰囲気を活かし、魅力的になっている。Zaliくんの曲の解釈が物語みたいに感じられて、何度聞いても飽きないし、聞くたびに新しい発見がある。人とのコラボでハモリに回るとメインパートを支える役割をしっかりこなしている。そして何より、彼の歌声はヘッドホンで聞くと、響きがとても心地いいのである。
そういうわけで、歌をリピートしているうちにすっかりZaliくんにハマった私は、彼の普段の配信も気になった。他のライバーさんの配信やにじさんじの公式番組などで、Zaliくんが日本語も話せることも知っていたので、日本語配信や歌枠だけでも聞いてみたいなと思ったのである。
そうしてまずは切り抜き動画や、アーカイブにある彼の過去の配信を聞き始めてみたら、いつの間にかどっぷり沼にハマってしまった。元々歌で声が好きだったのもあるけれど、普段の配信の話し方も穏やかで、滅多に汚い言葉も使わないし、よく笑ってくれるから、英語が苦手な私でもなんとなく安心して配信の雰囲気を味わうことができた。それから、Zaliくんのフランス訛りの英語の発音が好きだった。「あ、これ訛りなのかな」と発見があると嬉しかったりして。これは個人の感想であるけれども、フランス訛りの英語、なんとなく、音として優しく聞こえたのである。
あと、切り抜きでよくまとめられている彼の「Rizz」。Rizzとは、一言で説明すると口説き文句みたいな意味合いである。彼はいわゆる色男キャラで、女性やリスナーのみならず、同僚(男)もゾンビも口説く。隙あらば口説く。しかも言葉遊びも上手い。ファン仲間のフォロワーさんに教えてもらったのだが、掛詞のように英語を使っているらしい。
在原業平みたいな人って存在するんだな……! と感動した。口説き文句って、ポジティブワードが基本になるので結構難しいと思う。それが、すぐに出てくるのは頭の回転が速いのだろう。
そういうわけで私は過去の配信でZaliくんがどんな話をしていたのか知りたくて、切り抜きをよくチェックした。けれど、私が知りたい部分が切り抜かれていないということも、まあよくある話で。ということは、己でなんとかするしかない。
それで私がやったことは、過去の配信で「ここは知りたい!」という発言をメモして調べること。それから、それ以外でも印象的なフレーズがあったら調べてみることも。手頃なノートがないか探してみたら、いつ買ったのかすら覚えていない英単語整理ノートがちょうどよく出てきた。こうして私の大人の英語ノートが爆誕したのだった。
次は、生配信が聞きたくなってきた。私は緊張しながら生配信に挑んだ。正直に言えば、推しの言っていることを楽しめなくて、やっぱり英語では無理だなってなってしまったらどうしようと不安だった。どうしようも何も、切り抜きや字幕でわかるものだけ楽しめば良いのだが、自分の能力の限界のせいで好きなものすら満足に楽しめないのではと悲観的になっていた。
さて、いざ聞いてみれば不思議なもので、聞き流していたころに身に付かなかった英語が、かなり拾えるようになっていた。これはひとえに、「推しが何を言っているのかを知りたい」という特殊な集中力の賜物だと思う。(実際、集中し続けると疲れてくるから、1時間くらいでかなり聞き取り率が落ちる。)ENのライバーさんで、「この人の英語は聞き取りやすいよ」と言われている方もいるのだけれど、私は他の誰よりもZaliくんの英語が聞き取れる。好きだからに他ならないだろうなと思う。
1ヶ月もすると、生配信の半分ほど聞き取れるようになっている。
「いや、半分かい!」とつっこまれるかもしれないが、およそ1ヶ月で1割→5割ってかなりの成長だと思うし、とにかく私にとっては大きな進歩なのである。その後はかたつむりのようなペースではあるけれど、このまま勉強を続ければ8割くらいは聞き取れるようにならないかなと己に期待しておく。
自分で英語の文を作る方は、まだまだだ。本当はアーカイブの感想もコメントもちゃんと英語で書きたいのだけれど、今は調べながらが精一杯。だから、配信中にコメントしたいことがあっても「これって英語でなんていうんだろ?」と調べるフェーズが生まれてしまい、流れに乗れずに残念な思いをすることも。その悔しさをバネにレベルアップするため、私はまた英語ノートを開く。コメントしたくてできなかった一言フレーズも書き溜めておくのだ。これが生かされて、次の機会はちゃんとコメントできた時の達成感と言ったら!
私も今、推しの配信の一員になれてるんだ、と嬉しくなる。
着実に育っている耳と、ほどよい達成感は、継続的な学習のモチベーションになる。リビングでコツコツとノートに英語を書き込んでいたある日、母が「仕事?」と見に来た。
「推しの配信を聴くのに英語を勉強してるんだよ」
そう答えると、母がうんうんうんと頷き、私の向かいに座り、笑顔になった。
「あのね、ずっとそうして欲しかったの」
その表情はまさに「感無量」といった様子で、誰が見ても一目で感動していることがわかるであろうという様子だった。
そんなちょっと英語をノートに書いてる程度で大袈裟なと、私は笑った。
「まあ、勉強するにはちょっと遅いけどね。この歳にしてようやく英語に意義が見い出せたかも」
しかし母は至って真剣だった。ENの配信を聞いていることも簡単に説明すると、またうんうんと頷き、はぁ〜とうれしそうなため息をついた。
「ずっと、あんたが自分から英語をやりたいと思って欲しかった。人生長いんだから、遅すぎることは無いよ。推しがいてよかったねぇ……」
と、私の推しにも感謝していた。
ここでタイトルである。
あんまりにも喜んでくれるので、驚いた。そんなに英語を学ぶことを切望していたなんて初耳だった。いや、まあ、事あるごとに聞かされてはいたけれども。「勉強しなさいよ」と子どもに言う親の、一般的な注意であると思っていた。
むしろ、「そんな不純な動機で今更……」と笑われるかなとちょっと思っていた。けれども、実際は全肯定。推しの存在ごと肯定してくれたので、私も嬉しかった。本当に私に英語をやって欲しかったんだなぁ、としみじみしてしまった。
確かに、今まで私は英語を学ぶことに受験や仕事での必要性以上の意義を感じていなかったし、面白さもあまり感じていなかった。
それが、「推しの話を理解したい、英語でコメントや感想が書けるようになりたい」という、自分の「好き」に基づく大事な目標ができた。今まで私をすり抜けていった英語たちを、必死にキャッチして、身に留めるような感覚で勉強している。
まさか親を心から喜ばせる──つまり、親孝行につながるとは思っていなかったけれど。まあ、幼少期から施されていた英語英才教育を思えば、「大人」に慣れてきた今になってようやくその思いに報いることができたのかなと思う。
推しの話に戻るけれども、Zaliくんは勉強家で、日本語や漢字の勉強配信をしている。最終的に日本語の検定試験に合格することを目標として、自分でそれ用のアプリまで作ってしまった。推しがすごい。
配信で勉強しているのは小学校で習う漢字の範囲で、日本人である我々からするとカンタンな範囲のはずなのだけれど、彼がつぶやく素朴な疑問に色々と改めて考えさせられることが多い。
たとえば日本人は小学生のとき、書き順通りに何度も手で書いて覚えるのが一般的だと思う。しかしZaliくんの場合は主に形で覚えているので、「『自』は『目』に髪の毛が生えてる」など、視覚的なカテゴリ分けの発想が面白いのだ。それから、彼はライティングより先に会話を覚えた人なので、自分の知っている単語や熟語から意味を推測して漢字を覚える。これも、日本では漢字を覚えてから熟語を学ぶ流れが多いので、「言語学習」として漢字を覚える場合はそういう方法もあるのか、と感心した。英単語を語源から覚える方法に近いのかもしれないと思い、私も語源の解説をしている参考書で勉強をするようにした。このように、勉強方法や覚え方も目からウロコのような感覚で、新鮮な気持ちを味わえる。
そして何より、彼は納得いくまであきらめない。自作の練習問題集で8割正解だったとき、彼はすぐにもう一度やり直した。Zaliくんが一切の迷いなく復習を宣言したときの、「もっかい!」という言葉が忘れられない。私だったら、8割正解したら「できてる~!」と満足してしまうだろう。昔から「ある程度できたらそれで十分」と思いがちなのだ。けれど最近は「もうこの辺で」という考えが頭によぎったときは、Zaliくんの「もっかい!」が自然と浮かぶ。目標の達成のために努力することを苦にもしていないようなところが、私にはとても眩しく見える。憧れて、尊敬している。
Zaliくんのおかげで、英語の勉強が楽しい。なんだか、私の中でずっと暗いままだった場所に光が灯されたような気がする。多分、母はその場所に光が灯るのをずっと待っていたんだろう。だからこそ、長年見守り続けたその場所に光を観測できて、あんなにも喜んでくれたのだろうなと思う。
この光を絶やさぬように、これからも英語を学び続けたいと思う。そして、いつか彼の言葉のほとんどが理解出来るようになるといいなと願う。
推し活に励んでいたら、親孝行になっていた話 皐月あやめ @satsuki-ayame
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