あこがれ

陋巷の一翁

あこがれ

 父親というものにずっとあこがれていた。

 若いうちに母の不倫で両親は離婚し、私は母親に引き取られた。罪のない父親に引き取られるという判決はまだ出ない頃だった話である。


 母は更生するとは言ったが、男を連れ込むことだけはやめられなかった。きっと男無しでは生きていけないか弱い女なんだろう。そういう私も女だ。同族嫌悪のようなもので私は母を嫌っていた。母は家ではそういった行為はしなかったが、様子を見れば丸わかりだった。


 それに母のことで嫌いなところはまだまだあった。養育費という名でもらう父からの仕送りを自分で勝手に使うところだ。私にはどうでもいい服を着せ、風呂もろくに沸かさず、食事も用意されないことが多かった。


 私は小さく虚弱で、学校のみんなのように清潔では無いため疎外され、病院によくかかったが、病院についてレいっっってくれるのは母と契約しているヘルパーさんの役目だった。深夜病気で苦しむときは朝まで放って置かれた。


 そう、母は病気だった。精神の病気、になった。本当かどうかわからない。というか母のことばかり語りたくは無い。


 父といる時は幸せだった。父と会うことができる日は楽しみだった。私はひどく饒舌だったと思う。けれど母の本当のひどさを語ることは出来なかった。それは禁じられていると思っていた。


 父は無言であまり話したがりではなかったけど、いつしか新しくできた妻や子供のことをぼそぼそと話すようになった。

 すまん、すまんと謝りながら。


 私は確かに悲しかったけれど、受け入れることにした。受け入れるほか無いじゃ無い。父親の幸福を私は心から願っているのだから。


 つれていって。


 でも、ただそれだけがいえたなら。


 しかし、言えるはずも無く。いつものように別れ家に帰る。家に帰ると母の他に男の人が三人もいた。

「おおっ、まじちいせえー」

「いいのかこれ」

「犯罪だろ」

 男たちは口々に言う。そして母はだるそうに、

「好きにしなさいよ」

と言った。

「え?」

 私は男の人に乱暴に腕を引っ張られ服を破るように脱がされた。父親に会うために取っておいた大切な服。それがビリビリと音を裂け、口にはガムテームを当てられ……、結局私は三人に廻された。

「ちゃんと食わせてるのか」

 男の一人が1万円を数枚母の顔に投げつけた。母はそれを腰をかがめて拾い上げる。もうここにはいられないと思った。


 だから家出した。父親と連絡したら、急いで迎えに来てくれた。父はこれは立派な犯罪だから訴えようと言ったがそれより安全が欲しかった。


 父の家に行く。知らない奥さんと息子が二人。父は奥さんに私の境遇を説明した。奥さんも父に別の子供がいることは知っているのだろう、飲み込みが早かった。おそるおそるだけどしっかりと抱きしめてくれた。


 その時は幸せだった。


だけどやがて奥さんは私をやっかむようになった。きっと私に父を取られたくないのだろう。それはすごくわかって私も心が痛んだ。


 じゃあどうすればいいの?


 お父さんが欲しいよ。


 でも幸せは壊したくない。


 私は二度目の家出をした。男の家に転がり、セックスをし、愛している証だと彫り物を彫られて捨てられる。そしてまた男の家に転がり込んで……まるで母のような生活。いや母よりもひどい。


 子供も出来た。うみたくないのに生まれてしまった。育てたくないのに育てなければならない。ならならいならないならないで頭がおかしくなりそうだった。


 なんで?


 そう思うと気が楽になった。


 私は生まれた子供を見捨てようと思った。けれど出来なかった。弱っていく子供を見ながら最後の気力で父に電話をかけた。


 父はすぐにやってきた。私を病院に入れ、子供は奥さんの子として育ててくれるんだそう。


 なんでここまでしてくれるの? 私は父に聞いた。


 俺はお前の父さんだ。


 そのことばに心がふっと軽くなった。病院でようやく私は心の安らぎを得た。


 お父さんはたまに病院に訪ねてくる。奥さんと私の娘を連れてくることもあった。幸せで泣きそうになる。どうして私にはお父さんみたいな男がいなかったんだろうって。


 そしてもうそれは二度と手に入らないんだなと思う。


 だからそれはわたしのあこがれ、あこがれにしては黒すぎる欲望。父親の子を産みたいだなんて!

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あこがれ 陋巷の一翁 @remono1889

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