第2話 出会いは再会
場所をカフェに移動して、シオンを席に着かせたクリスは、カウンターでコーヒーとココアを注文して持ってきた。
「はい。ココア」
「あ、ありがとうございます」
「良いよ。飛び級生なんだって?」
「はい。今は十五歳です」
「へぇ~、じゃあ、高校をそのまま飛ばしてきたって事ね」
「はい」
シオンは、前に置かれたココアを飲み、想像以上の熱さに思わず舌を少し出していた。
「気を付けなよ」(おぉ、可愛い)
「はい。あの! それで、お姉さんとパートナーになりたいんですが……」
「うん。良いよ。でも、本当に私で良いの? 言っちゃなんだけど、首席のシオンちゃんと比べたら、下も下だよ?」
「はい! お姉さんが良いんです!」
真っ直ぐクリスの目を見ながらそう言うシオンに、クリスは少し嬉しくなる。理由は分からないが、ここまで真っ直ぐ自分を選んでくれるのは、嬉しいものなのだ。
シオンは、クリアファイルから書類を取り出して、クリスに渡す。書類を受け取ったクリスは、自分のポーチからボールペンを取り出して、自分の記入欄を埋めていく。
「これで良し。それじゃあ、提出は後にするとして、少し仲を深めようか。まぁ、言っても、ちょっとお話するだけだけど」
「は、はい!」
少し緊張した声を出したシオンだが、その表情は嬉しそうなものだった。
「シオンちゃんは、寮住み?」
「はい。私は特待生なので、個人の調合室を持てるんです。その調合室の隣が私の部屋です」
「じゃあ、シオンちゃんの元を訪ねるなら、錬金調合学科の寮に行けば良いのね」
「はい。あの……お姉さんは……?」
「私も寮だよ。近接学科の寮で、さっきいたチナと同室だよ」
「なるほど……」
シオンは、少し伏し目になる。シオンが何を考えているか分からないので、クリスは次の話題を振る事にした。
「シオンちゃんは、どうして私を選んでくれたの?」
パートナー関係解消を考えている訳では無いが、これは聞いておかないといけない事だとクリスは考えていた。シオンが、自分の何を期待しているのかが分かるかもしれないからだ。
シオンは、小さく口を開いたり閉じたりしてから、一度唇を噛み、意を決したように口を開く。
「えっと……お姉さんは、私の事を覚えてないですか……?」
「えっ!? どこかで会った事ある?」
クリスには覚えがなく、シオンのことを思い出せない。クリスが自分の事を覚えていないと知り、シオンは少し悲しげな顔をする。
「十年前なんですが……スタンピードの日です」
「スタンピード? そういえばあったっけ」
スタンピードとは、ダンジョン内にモンスターが溢れかえり、外に飛び出してくる事を言う。下手すれば、街が壊れる事になるので、即座に鎮圧する必要がある。
そんなスタンピードは、十年前に起こっていた。そして、その被害にシオンもクリスも遭っていたのだ。
「十年前でしょ……シオンちゃんに……う~ん……」
全くシオンの事を思い出せず、クリスはジッとシオンの事を見る。すると、その目にシオンの髪が映った。白く綺麗な髪。
「
「赤毛です」
「赤毛……あっ! あの時泣いてた女の子!」
クリスがようやく答えを出すと、シオンは嬉しそうな笑顔になった。
「はい! 思い出してくれたんですね!」
「いやぁ、あの頃とは全然印象が違うものだから分からなかったよ。そっか……あの時の女の子かぁ。私の事を覚えていてくれたんだ」
「はい! あのスタンピードは、両親が亡くなった原因で悲しい思い出なんですが、お姉さんの優しさが詰まった救いの思い出でもあるんです。あの時からお姉さんにどうにかして近づこうと頑張ってこられたんです。だから、お姉さんの姿が見えて、すぐに駆け寄ったんです」
シオンの話を聞いて、クリスの頭の中に十年前の出来事が、フラッシュバックした。
(そうだ……あの時、この子の両親は……傍を離れようとしなかったこの子を抱き抱えて逃げたんだっけ。何とか安心させなきゃって思って色々と話し掛けた覚えがあるけど、肝心の内容が思い出せない……それにしても、あの時の子か……こうして会えたのは、運命みたいなものなのかな)
シオンの事を思い出したクリスは、こうしてイスト学院で会えた事が運命だったのではと考えていた。年齢が違い、シオンが飛び級しなければ同級生になる事はない。加えて、進学する学校が違った可能性もあった。全てが重なり、こうして巡り会えた事は運命と言っても過言ではない。
「そっか……ごめんね。すぐに思い出せなくて」
「いえ! 私がこんな髪になってしまったのがいけないんです。気にしないでください」
シオンは、自分の髪を掴みながらそう言った。人によっては、羨む
「前の赤毛も良かったと思うけど、その白い髪も綺麗で似合ってると思うよ。シオンちゃんの可愛さは変わってないしね」
「えっ……」
クリスの言葉に、シオンは顔を赤くする。可愛いと言われた事が嬉しいのだ。シオンは自分の髪を持ちながら、両手を挙げて顔を隠す。
「お、お姉さんに言って貰えると嬉しいです……」
「そっか。じゃあ、そう思ったら毎回言ってあげるね」
「そ、それは、ちょっと……恥ずかしいので……」
「顔を赤くするシオンちゃん可愛いね」
「お、お姉さん!」
顔を真っ赤にしながら怒るシオンに、クリスは思わず吹き出して笑う。シオンは、少し頬を膨らませてから、ココアを口に含む。ちょうど良い温度になったココアは、シオンの身体を温めてくれる。そして、クリスとの時間は、シオンの心を温めてくれた。
その後、クリスとシオンは、事務室に書類を提出してパートナー申請を終わらせる。そして、今日のところは、それで解散となった。今日は入学式とパートナー結成のみの日だからだ。
寮の自室に戻ってきたシオンは、靴を脱いで中に入り、鞄を机に置いて、ベッドに飛び込んだ。そして、枕に顔を押し付けながら、足をバタバタと動かす。
「~~~っ!」
シオンが上げた叫び声は枕によって押し殺されていた。一分程叫んでから顔を上げる。そんなシオンの頬は真っ赤になっていた。
(まさか、お姉さんに会えるなんて……しかも、ちゃんとお姉さんに思い出して貰えたし……)
シオンは嬉しさのあまり再び枕の中で叫び声を上げていた。
────────────────────
シオンが喜びを叫んでいる頃、クリスも寮の部屋に帰ってきていた。そこには同室のチナの姿もある。
「ただいま」
「おかえり~」
クリスは靴を脱ぎながら言うと、チナが二段ベッドの下の段で、本を読みながら手を上げて答えた。
「飛び級生の子とはどうなったの?」
「無事パートナーになったけど。そっちは?」
「可愛い女の子ゲット」
チナがVサインを出しながら自慢する。それを聞いて、クリスは苦笑いした。
「言い方……まぁ、パートナーが出来たなら良かった。結構早く帰ってきたんだ?」
「そっちこそ、長かったじゃん」
「話が盛り上がってね。明日からダンジョン?」
「いや、私は外のモンスターから倒すつもり。だから、ギルドに行くかな。クリスは?」
「私もそのつもり。シオンちゃんからの依頼もなかったし」
「へぇ~、シオンちゃんって言うんだ?」
「うん。通例だと、錬金調合学科から依頼が来るのは、一ヶ月後くらいなんだっけ?」
「まぁ、向こうも依頼料を稼がないといけないからね。相手がお金持ちだと、即座に来るみたいだけど」
素材集めに協力するという名目だが、それを無料で行うわけではない。錬金調合学科が依頼料を支払って採ってきて貰うというのが、イスト学院のシステムとなっている。なので、向こうがお金を手に入れるまでは、自分達の単位などに集中出来るという事だ。
冒険者学部の単位は、ギルドで受ける依頼、もしくはダンジョンの突破階層、討伐モンスターが当てはまる。なので、明日から動き始めて、今学期の単位を稼いでおかないといけないのだ。
「明日に備えて、英気を養おうかな」
「おっ! 良い物食べに行く?」
「そんな金はない」
「だよね~」
クリスとチナは、寮の食堂で食事を摂った後、寮の部屋に備え付けであるお風呂に入り英気を養った。現状お金のないクリス達からすれば、これが一番英気の養えるものだった。
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