君は真冬の一等星

宝積 佐知

⑴僕の見た一等星

 舞台の静寂を破るように、一筋の光が暗闇を切り裂いた。スポットライトは金属粉のように輝き、無数の影を引き寄せながら、柔らかくも力強く、彼女の姿を包み込んだ。


 客もまばらな平日のライブハウス、足元に散らばるチケットの残骸やドリンクのペットボトル。僅かな観客が火取り虫のように舞台に集まり、彼女に熱い視線と声援を送った。


 彼女はスポットライトの眩い光の中で、熱帯魚のような煌びやかなドレスを翻す。彼女はいつも笑顔で、汗の雫を輝かせながら、音楽に合わせた激しいダンスを楽しそうに踊っている。


 その笑顔が広がった時、舞台の雰囲気が変わった。まるで、暗闇の中で一輪の花が咲いたように周囲が明るくなり、誰も目が離せなくなる。


 目尻に浮かんだ優しさ、ほんのりとした唇のカーブがどこか憂いを含んでいるようで、彼女の心に踏み込みたくなる。手を伸ばせば届きそうな距離なのに、触れたら陽炎のように消えてしまう。憧れとは、夢を見続けることを決めた酔狂な理想の崇拝者である。


 小さなライブハウスの片隅で、彼女の歌を聴くことが何よりも楽しみだった。冷たく寂しい現実から離れ、彼女の歌に元気をもらい、また明日、現実に向き合えるように夢をみる。観客がどんなに少なくとも、彼女の笑顔は輝いていた。


 そんな彼女だが、先日SNSで裏アカウントの投稿が出回った。アイドルという偶像を崇拝する人々は、綻びを見つけると簡単に失望し、裏切り者と見做すと好き勝手に罵倒する。


 SNSは、今日もお祭り騒ぎだ。

 だけど、もちろん好意的な意見もあるし、引き続き応援する自分のようなファンもいる。俺たちの見えないところで何を言っていようが、舞台に立てば彼女はアイドルだった。そして、僕の血の繋がった妹だった。


 関東近郊の田舎町で、自分たちは暮らしていた。

 煌びやかな芸能界とは無縁の質素な貧乏生活。僕は進学せずに地元で働き、妹は高校に通いながら地下アイドルの活動を始めた。妹がどうしてアイドルになったのかなんて知る由もないけれど、夢に向かって努力する彼女は誇りだった。








 君は真冬の一等星

 ⑴僕の見た一等星








 僕は今、沈黙する空の下に孤独な雲を作り出す。


 街の雑踏は大河のように流れ、立ち止まる僕は世界から取り残されているみたいだった。箒となった街路樹が木枯らしに吹かれ、道の端に落ち葉が蟠る。


 両手は、乾燥と赤切れでひび割れていた。

 僕は息を吹きかけながら、社用車のハイエースに駆け寄った。荷台には配達前の荷物がパズルのようなバランスで積み上げられていた。クリスマスを目前に控え、配送業は普段以上の激務が続いていた。


 高校を卒業する直前、両親が事故で亡くなった。即死だった。他人を巻き込まなかったことだけが幸運で、頼れる親戚もなく、僕は五つ下の妹と共に社会へ放り出された。


 辛かったこともあったけれど、家で僕の帰りを待つ妹のことを思うと頑張れた。長時間の勤務も、客からの理不尽なクレームも、夏の暑さも冬の寒さも平気だった。妹が笑っていれば、僕の人生は救われる。彼女は僕の暗い人生に輝く小さな星だ。


 車のダッシュボードにスマートフォンを置き、オーディオを掛ける。駆け出しアイドルの妹の歌声が、小さなスピーカーから溢れ出す。僕は運転席に座り、静かに目を閉じた。


 正直なところ、僕には歌の良し悪しなんてものは分からない。身内の贔屓目で見れば妹は美人だけど、オーラのある芸能人とは違う。売れるかどうかは分からないけれど、夢を諦めずに追い続けてほしいと願う。


 中学生の時、小遣いやお年玉、両親の手伝いでお駄賃をもらいながらお金を貯めた。生まれて初めて買った高価なものは、自分だけのアコースティックギターだった。同級生たちにパンクやロックが流行り始め、僕もその熱気に当てられたのだと思う。


 熱心に練習した。夜明けまで練習して、しょっちゅう爪が割れた。あんまり練習に夢中になった時には両手が血塗れになっていて、母に酷く心配させてしまった。そういえば、あのギターはどこに行ってしまったんだろう?


 取り止めもないことを思いながら、僕は車を走らせた。急カーブの多い山道を慎重に走る。動物の飛び出し、落石注意。道端に立つ標識を横目にハンドルを切った、その時。


 対向車線から一台の車が、大きく膨らんで曲がってくるのが見えた。銀色の光が瞬き、まるで世界の終わりのような物凄い音がして、僕の意識は途絶えた。

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