第2話 マネージャー

大樹だいきの部屋、前とあんまり変わってないね」


 俺の部屋に入った高梨たかなしスミレが言う。


「当たり前だろ。まだ最後に来てから一年も経ってないはずだし」


「そ、そっか……」


「ほら、座って」


 俺は幼馴染みの高梨スミレと王子様系女子・長峰葵ながみねあおいの二人を座らせた。スミレが床に置いた鞄にはレッサーパンダのラバーキーホルダーが付いている。熊本動物園に行ったとき、俺がプレゼントしたやつだ。まだ持っていたのか。


「……それで、話って?」


「私たち、ダンスグループやってるでしょ」


「ベアキャットだろ」


「うん。そのマネージャを大樹にやってもらえないかと思って……」


「はあ!?」


 あまりに急な話について行けない。


「どういうことなんだ? 第一、そういうことなら他の友達に頼めばいいだろ」


 スミレにはたくさんの友達が居るはずだ。


「私の友達は女子ばかりだし。女子には頼めないから大樹に頼んでるんだよ」


「どういうことだ?」


「……今はマネージャー的なことは葵にやってもらってるんだ」


「そうなんだよ。ボクがやってるんだけどね」


 長峰葵が話し出した。


「今は学校外のイベントもあってその打ち合わせに呼ばれたりするんだけど……どうしても女子高生だから甘く見られてしまったり、その……厄介な誘いとかもあったりしてね……」


 長峰葵がいろいろと事情を説明してくれた。要するに、そういう外部の打ち合わせに行くと、下心があるスタッフが居て、セクハラのような目にも遭ったようだ。


「それはひどいな……」


「うん。それにマネージャーの仕事も忙しくなって、葵の負担も大きくなってきたから、誰かに頼まないといけないってなって」


 スミレが説明する。


「でも、なんで俺なんだ? 他に男子の友達も居るだろ」


「居ないよ」


「そうなのか?」


「うん。私はもちろんなんだけど、他の子もね。そういうのを頼める人が居なくて」


「ほんとか?」


 ベアキャットは大人気のはず。そのマネージャーをやりたい男子なんてたくさん居ると思うが……


「……坂崎君。これもさっきの問題と同じでね。要は下心ある男子しか居ないんだよ」


 長峰葵が言った。なるほどな……


「確かに……そういうことなら俺が適任か」


「だよね」


 スミレが言った。


「うん。だって、俺はスミレに告白したからな。下心はあるがスミレに対してだけだし。しかももうスミレには振られてる」


「ご、ごめん……」


「ボクもそれは聞いたよ。だから坂崎君が適任じゃないかと思ったんだ。引き受けてくれないか?」


「うーん……」


 俺は悩んだ。マネージャーをやればまたスミレに近づくことが出来るだろう。だけど、それは叶わぬ恋だと言うことは分かっている。つらいだけではないだろうか。でも、スミレのそばにずっと居られれば……ワンチャンあるかも知れない。でも……


「やってもいいんだけどなあ……」


「ホントに?」


「ああ。でも、なかなか暇が無いし」


「大樹、部活もやってないでしょ。なんで暇が無いの?」


「だって、成績が悪くてさ。そろそろ本腰を入れて勉強しないといけないと思って」


「そうだったんだ。だったら、うちの友梨香に教えてもらえばいいよ」


 篠原友梨香しのはらゆりかか。同じクラスに居るベアキャットのメンバーだ。普段は眼鏡で真面目な委員長。成績は学校で1,2を争うレベルだ。


「教えてもらえるのか?」


「もちろん! ていうか、私たちもいつもテスト前には教えてもらってるから」


「そうだよ、坂崎君。私たちがテストでそこそこの点を取っているのは友梨香のおかげなんだ。事前の勉強会が的確でね。そこで教えてもらったことをしっかりやるだけでいいんだよ」


「それはいいな。その勉強会に俺も参加させてもらえるのか?」


「もちろん!」


「ふうん……だったら、まあ、やってもいいか」


「ほんとに? ありがとう!」


 そう言ってスミレは俺の手を握った。こいつ、ボディタッチが俺には多かったよな。だから勘違いしたんだっけ。俺はそれを思い出し、スミレの手を離した。


 すると長峰葵が俺に聞いてきた。


「坂崎君、一つ聞いておきたいのはマネージャーになるとスミレのそばにずっと居ることになるけど、つらくないかい?」


「……それはもう大丈夫だよ。振られてから今まで避けてきてしまったけど、これじゃいけないとは思ってたし。俺が壊してしまった関係だからちゃんと元には戻したい。それに……」


 言いにくくて口をつぐむ。


「それに?」


 だが、葵さんが聞いてくるので言うしか無いか。


「正直、チャンスかなって思ってるし」


「そういうつもりは無いんだけど……ごめん」


 スミレがすぐに言った。


「う……」


「私は前みたいな関係に戻りたいってのもあってこの提案してるんだ。だからそういうことは――」


「スミレ、別にいいじゃないか。何かそういう希望が無ければボクたちに協力はしてくれないだろ?」


 長峰葵が言った。


「う、うん。希望を持つのは自由だけどね……」


「まあ、でも俺がちゃんとマネージャー出来るかは分からんぞ。ダメだったらいつでもクビにしてくれ」


「大丈夫だよ。大樹はすごくマメだし、こういうのには向いていると思うんだ。あ、仕事の引き継ぎは葵からお願いね」


「わかった」


「じゃあ、坂崎君。連絡先交換しようか」


「そうだね……」


 俺は長峰葵とLINEを交換した。


「ほんとはベアキャットのメンバーLINEにも参加して欲しいんだけど……まずは明日、メンバーと顔合わせしてからにしようか」


「そうだな」


「みんなが了承したら正式にマネージャーって事で」


「わかった……って、他のメンバーにはこのこと話してないのか?」


「マネージャーを探すってことは話してるけど、大樹ってことは言ってない。だって、受けてくれるか分からなかったから」


「そうか、じゃあ、明日みんなに了承をもらってからだな」


「うん……でも、大樹。明日、いろいろ言われるかも知れないけど、くじけちゃダメだよ」


「え?」


「……うちのグループ、ちょっと口が悪いメンバーも居るからさ。最初は絶対反発するって思うんだよね。大樹のこと知らない子とかが」


「ああ、そういうことか」


「うん。でも、大樹の良さが分かれば絶対大丈夫だから。私が支えるし」


「そうか……まあ、それならいいけど」


「うん! じゃあ、明日放課後ね」


「わかった」


 それだけ言うと二人は帰っていった。


 ベアキャットのマネージャーか。面倒なことになったな。でも、断るつもりはもう無かった。正直、成績を上げるためにどうしたらいいか分からないところだったし、委員長の勉強会に参加するのはいい手だ。


 それにスミレとまた昔のようにわだかまりなく話したい。たとえ恋人にはなれないとしても、最低限、壊れてしまった関係を元に戻して卒業したかった。


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