幽世エクスペリメンツ

望乃奏汰

0min

降り止まぬ雪と果てのない白い地平。

そこに高々と突き刺さった骨によく似た白樺の根元には、悪趣味な永遠が広がるだけ。


「ようこそ幽霊の庭へ。」


死ねない死者が笑う。



その砂時計を買ったのは先週のことだった。

神社の境内で毎月第三日曜日に行われているフリーマーケットには、古着や家具、おもちゃや本、雑貨、アクセサリー、ハンドメイドの作品やお菓子、その他よくわからないものが色々売られている。ハンドメイドのお菓子はバザーでよく売られているが、食品の衛生管理の観点から言ってもあまり買いたいとは思わない。


この海辺の小さな町の年間の日照時間はとても少なく、今年に入ってから青空を見た記憶がない。湿度が高く、流れ込む湿った海風は洗濯物の乾きを遅らせ食品の消費期限を縮める。その日もやはり低く雲がたちこめ、クシャミひとつで今にも雨が降り出しそうな空だった。それでも神社の境内はそれなりに賑わっていた。


特に何を買うわけでもないのだが、たまに出店している古物商のおじさんの店の取り扱う商品は変わったものが多く、それをチェックするのが習慣になっている。以前見かけた鯨の骨で出来た椅子は別の誰かに買われてしまった。まぁ、あれを家に持ち帰るのはなかなか骨が折れそうたけど。骨を持ち帰って骨折なんて笑えない。


「おぅ、ねーちゃんまた来たのか。」

「どうも。」

おじさんは全国各地から変わった品物を引き取り、実店舗を持たずにこうしたフリーマーケットの場で出店しているそうだ。珊瑚で出来た櫛、謎の生き物の剥製、何らかの道具一式、魚の鱗の標本、瓶に詰められたトランプ、大きなカマキリが描かれた屏風など、今回もよくわからないものがたくさん出ている。その中にひっそりと、しかしながら妙に気になったのが何の変哲もない、強いて言うなら少し大ぶりの砂時計だった。外枠はなく、一見すると透明な瓢箪のようだった。ガラスの色はラムネ瓶のように少し青みがかった緑色をしており、何より特徴的だったのは内側の両の底に小さな木のような白いものが固定されていることだった。


「あの、おじさんこれって、」

「あぁ、あんまりおすすめしねぇよ。時計としては使えないし。本当に『見るだけ』だよこれは。それに、、、んーこれはあんまり言わない方がいいか、、、」

「なんですか、勿体ぶって。」

「まぁ珍しいし、悪いもんではないよ。この内側に付いてるのは鹿の角。変わってるだろ。どうしても欲しいならまけるよ。」

「はぁ。」

売りたくないのか手放したいのかよくわからない物言いだ。しかし安く手に入るのならばと私はその砂時計を買った。


実際そんなに欲しかったわけでもないし、とにかく、何か珍しかったし、と思ったが、大きめとはいえ、砂時計に鹿の角が入るわけがない。ただ、角のようなものが入った不思議な砂時計がここにあることは確かだった。

家に帰り、ベッドサイドのスツールに砂時計を置いた。外で見たそれと部屋の中にあるのとでは印象がかなり違い、その大きさも相まってかなり存在感があった。とはいえ落ち着いた色合いのガラスは部屋に馴染んでいるような気もした。

それにしても「時計として使えない」とはどういうことなのだろうか。角がついている以外はただのデザイン性のあるシンプルな砂時計に見えるのだが。時間が正確ではないとかそういうことなんだろうか。でも砂時計はそもそも決まった時間しか計ることができないし、その「間」は常に移り変わっていく。正しさを刻む終わりの瞬間だけが砂時計の存在意義といえる。そう考えるとなかなか砂時計というのは儚い。砂時計はひっくり返すことで何度も何度も終わり続ける。永遠と終わりの概念がこの中には閉じ込められているのだ。

などと考えてみたが、とりあえず砂時計をひっくりかえしてみた。



次の瞬間、強く眩しい光に包まれ目の前が真っ白になり、思わず目を伏せた。何かが爆発して巻き込まれたのかと思った。

「あぁ人間が死んでしまう時というのは案外こういう呆気ないものなんだな」などと考えたが、痛くも痒くも熱くも寒くもなかった。恐る恐る目を開けると、眩しく感じられたそこは一面の雪原だった。ただ、熱くも、寒くも、そう。気温というものをまるで感じなかった。昼か夜かもわからないような曖昧な薄い翠を含んだ空からは、しんしんと白い雪が降っていた。


「あ、新しい人。」


低い声がした方を振り向くと、白樺のような大きな白い立ち枯れの木の下に人が立っていた。

黒いコートを着た背の高い男。顔はなんというか、あまりこれといった特徴もなく、かといって地味でもなく、妙に整っているのに、でも記憶に残らないような顔だった。癖のないさっぱりとした黒髪のせいでものすごく若いようにも見えるし、私よりも年上のようにも見える。とにかく曖昧で捉えどころのない、形容することを拒むかのような。彼は感情というものがまるで感じられない笑顔を浮かべて言った。


「ようこそ幽霊の庭へ。」

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