幸せの在り方

またたびやま銀猫

第1話


「むかーし、むかし、小説って人間が手で書いてたらしいよ」

「マジで?」

 私は驚いて友達に聞き返した。


「マジで。文献にそう書いてあったもん」

「そのころの人間って暇なの?」


「暇だったんじゃない? 絵とか描いたり、レジャーランドも巨大なのを作って、みんなでそこに出掛けて数時間並んで乗ったりしてたらしいよ。海外に旅行にいくのも飛行機っていう乗り物に乗って一苦労だったって」

「うわあ、非生産的!」


 今じゃ芸術活動はAIがやるのが普通だし、バーチャル空間でなんでも体験できる。もちろんやりたければ自分で小説を書くことも絵を描くこともできるけど、よっぽどの物好きしかやらない。


「交通網も発達していないから渋滞したり事故もあったり」

「今じゃ考えられないね」

 今じゃなんでも仮想空間で体験できるから並ばなくてもいいし、ここから出ることはないから交通事故なんてない。


「そのころの人たちって幸せだったのかなあ?」

「さあ……幸せだったんじゃないの?」

 友達は適当に返してくる。


「だけどさ、体があるから病気とか多かったらしいじゃん」

「それな。当時はまだ技術が低かったからさ」


「そうだね、かわいそう」

 私は久しぶりに人工の眼球を使って周囲を見る。


 液体の満ちたガラスの円柱に居並ぶ大脳たち。

 これらが私たちだ。


 まだ子供の大脳はピンク色で若々しいが、お年寄りの脳は半分くらい機械が覆っている。

 そうして老化しても病気もなくボケても体がないから徘徊したり寝込んだりもなく、私たちは生きている。


 大脳の病気もコンピューターをはじめとして機械で治療、フォローができる。子どもがほしければ細胞を使って作れるし、実際のこどもはいらないというのであればバーチャルで子どもを持てる。


 勉強も家庭を持つのも、体験したいことはすべて仮想空間で体験できるから体なんてなくても問題ない。

 私は「体」という不自由なものを持っていたはるか太古の人間に聞いて見たくて仕方がない。


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幸せの在り方 またたびやま銀猫 @matatabiyama-ginneko

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