凡庸な少女の羨望
SEN
本編
幼いころの私は自分はお姫様なんだと思っていた。可愛く着飾ればみんなが可愛いと言ってくれる。私が望めば、みんなその通りに動いてくれた。私の周りにはたくさんの人が居て、みんな私に笑いかけてくれた。たくさんの祝福と称賛を抱えて、私は生きていた。
だから、アイドルの道に進むのは必然だったのかもしれない。みんなを虜にする完璧なアイドルという理想と、たくさんの人の笑顔の中心にいたいという夢を持って、私はアイドルのオーディションを受けて、あるアイドルグループの一人として芸能界に足を踏み入れた。
まずはこのグループのセンターになる。そんな目標を掲げて努力を始めた。でも、私はそこで現実というものを思い知ることになった。
「すごい……」
圧倒されたような、そんな賞賛を口にされたのは私じゃない。その賞賛を口から漏らしたのは私自身だったのだから。
歌も踊りも自信はあった。実際、プロデューサーはよく褒めてくれた。けど、そこまでだった。私にはこの世界で戦えるほどのスター性がなかった。努力ではどうすることもできない、生まれ持っての才能。所作の一つ一つから輝きを感じさせられる。彼女はそれを無意識でやっている。いや、意識していないからこそ輝いて見えるんだ。
結局、センターに選ばれたのは彼女だった。センターになれなかったことが悔しかった。でも、一番悔しかったのは、その結果に納得してしまったこと。そして、彼女に勝とうとすら思えなかったことだ。
「あなたはどうしてそんなに輝いているの」
ある旅番組に呼ばれて、彼女と二人きりになることがあった。その時にそんな質問をした。天然物の彼女に追いつくことは諦めていたけれど、少しでも彼女の輝きに近付きたかったから。
「輝いてる……? それがどういう事かは分からないけど、ファンのみんなに笑顔になって欲しいっていつも思ってるよ」
「みんなを笑顔に……」
アイドルアニメでも今時なかなか聞かないようなセリフをさらりと言って見せた。その純粋な輝きに、目がつぶれてしまいそうだった。
「なにか悩みがあるの?」
「……いや」
「ほんとうに?」
「しつこい」
「でも」
「うるさい!」
彼女がしつこいから、つい声を荒げてしまった。はっとして手で口を塞ぐ。手遅れな私の行動を見て、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「……ごめんなさい。でも、はるちゃんはいつも無理をしてるように見えたから。ちゃんと話したいって思ってたの」
「私が……?」
無理をしている。そう言われた瞬間、胸が押しつぶされてしまいそうになった。自分でも理由が分からない苦しみに、頬に汗がにじむ。
「はるちゃんはどのレッスンも全力で取り組んでて、他のメンバーの子にも頼りにされてて、本当に努力家でしっかり者で、そういうはるちゃんを尊敬してるんだ。でも、グループとして本格的に活動を始めてから、はるちゃんはずっと苦しそうにしてた。ファンのみんなの笑顔も大事だけど、私ははるちゃんにも笑顔でいて欲しいの。だって、はるちゃんは大切な仲間だから」
全部見抜かれていた。それだけじゃない。彼女の仲間を思う気持ちと真っすぐな愛情が、彼女は本物のアイドルで、彼女こそが世界の中心にいるべき人間だと証明していた。本物のスターである彼女の輝きに触れて、私の目の前は真っ暗になった。
私はファンみたいに彼女の輝きに魅せられることも、他のアイドルみたいにその輝きに並ぶこともできない。中途半端な凡人。自分をお姫様だと勘違いしていた私は、ようやく自分が何者かを理解した。
「ありがとう」
私が凡人であると教えてくれて、不相応なものを追いかけて苦しむ時間から解放してくれた彼女にお礼を言う。すると彼女は安心したように胸をなでおろした。きっと彼女はみんなの中心で輝き続けるのだろう。本物のスターである彼女の未来の幸福を願いながら、私は不相応なステージから降りることを決めた。
「
「ん……」
声が聞こえて目を開けると、見慣れた教室の光景が目の前に広がった。
「またあの時の夢……」
たった数十分の昼休みの仮眠。それだけの時間で見せられた私の過去の夢。気持ちは切り替えたつもりでいたのだけれど、定期的にこの夢を見てしまうということは、まだ引きずっているということなのだろう。
「ごめん、待たせた」
「いーよ別に。いこっか」
どんな過去があったとしても、私はもう普通の女子高生だ。それ相応の生き方をしよう。そうするべきなんだ。眠たい目をこすりながら、私は友達と一緒に次の授業がある美術室に向かった。
凡庸な少女の羨望 SEN @arurun115
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