精一杯の社交辞令

紗久間 馨

末永くお幸せに

「あきちゃん、こちらが私の夫になる人、です」

 幸せそうな笑みを浮かべながら、瞳美ひとみは頼りなさそうな男を紹介した。男も同じように幸せそうに微笑む。

「すごく素敵な人だね。うん。良い家庭を築けそう。おめでとう」

 彰奈あきなは適当な言葉を並べる。心から祝う気分にはなれず、口角を上げようと努めた。




 瞳美ひとみに出会ったのは、推していたご当地アイドルが出演するイベントでのことだった。

 当時、彰奈あきなは自身と同年代の女の子四人が歌って踊る姿に夢中だった。特定の推しがいるわけではなく、全員が好きな箱推しである。

 仕事で嫌なことがあっても、彼女らのおかげで乗り越えられた。生きる理由と言ってもいいほどに好きだった。


「大丈夫?」

 彰奈あきなは男性ファンと接触してよろめいた女性に声をかけた。それが瞳美ひとみだ。

「大丈夫です。ありがとうございます。想像以上にすごい熱気ですね」

「そうなんだよね。メンバーがテレビに出てから急に」

 メンバーの一人がテレビ番組に出演したことがきっかけで、注目度が高まっていた。


「私もテレビで見て好きになったんです」

 ファンになったばかりの瞳美ひとみにとって、初めて足を運んだイベントだった。

 年下のように見えて、彰奈あきなより年上だという。

 ふにゃりと柔らかな笑顔を見せた瞳美ひとみを、とても愛らしいと思った。

 心を奪われた彰奈あきなの関心は、ステージに立つアイドルから目の前にいる瞳美ひとみへと移った。




 知らないでしょ?

 あの時から私の推しは瞳美ひとみなんだよ。

 アイドルを口実にして、同じファンとしてSNSで繋がって、一緒にイベントに行って・・・・・・。

 瞳美ひとみを近くに感じられるのが私の幸せだった。

 なのに・・・・・・。




 あれから数年が経過し、推していたアイドルグループは一人が卒業して三人になった。

 だから、瞳美ひとみ彰奈あきなの関係に変化が表れるのも当然のことだ。


彰奈あきなに結婚式に来てほしい」

 瞳美ひとみは頬を赤く染め、期待に満ちた目で見つめてくる。そんな顔をされると断れない。

 拒否して悲しませても、式に出席しても、彰奈あきなの心が痛むことに変わりはない。

「絶対に行くね。瞳美ひとみのドレス姿、楽しみにしてる」

「ありがとう」

 嬉しそうな笑顔を見て、彰奈あきなは「これでよかったんだ」と自身に言い聞かせた。




 結婚式も披露宴も、つつがなく執り行われた。

 白いドレスもピンクのドレスも、瞳美ひとみによく似合う。涙が出そうになるほど美しかった。


 新郎新婦が出席者を見送る。

 さらっと祝いの言葉を伝えて帰ろうと、彰奈あきなもその流れの中に入った。


「あきちゃん、待って」

 瞳美ひとみが呼びとめる。

「これ、あきちゃんに」

 ブーケを差し出され、彰奈あきなは戸惑った。残っている出席者の視線が集中する。

「え? 何?」

「ブーケはあきちゃんにもらってほしいの」

 だからブーケトスをしなかったのか、と腑に落ちる。

「どうして?」

「あきちゃんは私のあこがれの人だから。あの日、イベントで声をかけてくれた時、かっこいい人だなって思ったの。こんな女性に私もなりたいって」

 瞳美ひとみは目にいっぱいの涙を浮かべている。

 その「あこがれ」が彰奈あきなと同じ思いだったなら、どれだけよかっただろう。

「そしたら、素敵な男の人にも出会えて。今日という日を迎えられたのは、あきちゃんのおかげなの。だから、感謝の気持ちを込めて、ブーケを渡したい。もらってくれる?」

「じゃあ、ありがたく頂戴します」

 彰奈あきなはぎこちない動きで手を伸ばす。

 渡されたブーケをそっと腕の中に収めると、甘い香りが体内に染みていく。


「また一緒にイベント行こうね」

「そんなんじゃ、愛想を尽かされるわよ」

「僕はそこのところは理解してますから。今後も妻と変わらない付き合いをお願いします」

 夫になった男は丁寧に頭を下げた。

「わかりました。後がつかえてるから、もう行くね」

「本当にありがとう。またね」

 幸せを具現したような瞳美ひとみの姿がとても輝いて見える。

 彰奈あきなの心は醜く濁っていて、美しい笑顔を向けられることに申し訳なさを感じた。


「またね」

 この場にふさわしい社交辞令だ。

 彰奈あきなの未来に次の約束は存在しない。今の生活を捨てて新しい場所で生きていく。

 二人の道が交わることは、もうない。


 彰奈あきなは背を向けて出口へと進んだ。




 大好きだよ。

 だから、さようなら。

 どうか末永くお幸せに。

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