つるし雛
@muuko
第1話
「あらぁあなた!ちょうどいい時に来てくれたわ!ちょっとこれ見て!」
母は、幼い子供のように訪れたばかりの私をベット脇に呼び込み、丸椅子に座れ座れと急かす。
「おばあちゃんにもらったの!手作りのつるし雛!」
きっと職員さんが可動式の棚をベットにくっつくように寄せてもらったのだろう。母はつるし雛の人形に何度も何度も触れて、揺らして。
「とってもきれいですねぇハルさん。お人形かわいい!お花も……これはちりめんですか?」
「そうなの! あなた若いのによくご存知ね。桜の花よ。隣の春日さん家のお母さん、つまみ細工が得意でねぇ。ご近所のお母さんたちでそれぞれ得意なもの作って持ち寄って──」
今日の母はよく喋る。うさぎ、犬、亀、猿などの動物やおくるみに包まれた赤ちゃん、巾着や太鼓に三色団子。吊るされた飾りはどれも色鮮やかだ。ちりめんや毛糸、素材も様々で紙風船や鶴の飾りは折り紙だったり、それぞれの風合が合わさって賑やかなつるし雛だ。棚に置くタイプの物だが売っている物と比べて一回りほど大きく、一つ一つの飾りがぎゅっと詰まっているのが見ていてなんだかこそばゆい。
「ハルさんこれはなんの花?」
私は、頃合いをみて1番下に吊るされた濃い赤と緑のフェルトで作られたその花の話を促した。
「これは椿ね、子供が優雅に美しく育つようにって願いを込めて」
つばき、と言葉を発すると、母の目がきらきらと輝いた。
「そうなんだねぇ。誰が作ったんですか?」
「これはねぇ、私が作ったの。私畑仕事ばっかりでお裁縫は苦手だったから、恥ずかしいわ。不恰好で」
「ハルさんが作ったんですか?かわいくて愛着が湧く飾りです。とっても気持ちがこもってる」
「そう?ありがとう! 気合い入れたらちょっと大きくなっちゃって。バランス悪くなるからって1番下なの。やぁねぇ恥ずかしいわ」
そう言って乙女のように頬に手を当てる。
「そんなことないです。娘さんは嬉しいですよ」
そう返すと、母はこちらに穏やかに微笑むのだ。
「椿は私の宝物なの」
居室を出て受付の職員さんに挨拶をする。
「ありがとうございました。毎年わがままを言ってすみません」
「いいえいいえ。この季節はハルさんも笑顔が増えて嬉しそうですよ。こちらこそ、つるし雛をお貸し頂いてありがとうございます。椿さんの大切な物なのに、毎年お言葉に甘えてしまいすみません」
「もともとは母が作った物ですから、母が喜んでいるなら何よりです」
私は施設を後にする。また来年も、同じ話を聞けることを願って。
つるし雛 @muuko
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